2月14日。 愛する人に、愛を渡す日である。 愛 に 原 料 「ハッピーバレンタイン!黒子っち!」 「………はあ。」 一緒に帰ろうと待ち合わせた誠凛の門の前で、黒子を見つけると、黄瀬は腕を広げてそう言い切る。 一体どうしてバレンタインの前にハッピーをつけるんだろう、とどうでもいいことを黒子は考えた。 (はっぴーじゃない僕はどうしたらいい。) +++ 一緒に帰る、というのは、単に黄瀬の家に遊びに行くということだ。 それを何も言わずに理解している黒子は、黄瀬の家に向かうべく歩みを進めた時、ふと黄瀬の両手の紙袋に目が行った。 「………相変わらず、黄瀬君たくさんもらうんですね。」 両手の髪袋から溢れんばかりのチョコレート。 ピンクや赤などの可愛らしい色で、これまた可愛らしいラッピングが施されてる。 それを指摘すれば、黄瀬はばつが悪そうに、あー、と唸った。 「…いや、ごめんね、ってちゃんと言うんスけど、そうすると泣きだす子も居て…。」 で、女の子を泣かせるのは不本意じゃないし、ついつい受け取ってしまう。 だけれどその子の分だけを受け取ると、周りが好き勝手に騒ぐ。 だからつまり、とどのつもり、黄瀬は差し出されたチョコを受け取るしかないのだ。 「あ、でも恋人が居るから、気持ちには答えられないって言ってあるっスよ!?」 ぶんぶんと両手を顔の前で振り、大げさなまでに否定する。 気持ちには答えてもらえなくても、せっかくだから、と差し出されるチョコを断る術を、あいにく黄瀬は持ち合わせていない。 ごめんね、ありがとう、と、笑って受け取ってしまうのだ。 そう黄瀬が否定しても、黒子はあまり興味なさそうにしている。 そうですか、と言うと、歩くスピードを上げて、黄瀬を置いて、黄瀬の家へ向かった。 +++ 「黒子っち、ココア?コーヒー?」 「ココアでお願いします。」 黄瀬の家に来るたびに聞かれる。 それでも黒子は後者を選んだことはない。 たとえ砂糖とミルクをこれでもかというほどに入れたとしても、それはやはりコーヒーなのだ。 「はい。」 ことん、と目の前に置かれたカップ。 それは黒子専用のもので、似合いそうだから、と黄瀬が買ってきていたものだ。 淡い黄色に、黒猫が小さく描かれている。 黄瀬の趣味には多少なりともイラっときたものの、小さな猫が可愛くて、黒子はこのカップがお気に入りだった。 カップの中のココアを冷ましながら少しずつ飲んでいくと、黄瀬の前にはコーヒーと紙とペンが置かれている。 その紙とペンの使い道が分かった黒子は、こくん、と一口ココアを飲むと、黄瀬に話しかけた。 「マメですね。相変わらず。」 「…あー、まあ、ね。」 へら、と困ったように黄瀬は笑う。 「ホントは黒子っちが帰ってからやろうかと思ったんスけど、オレ、名前忘れちゃうんで…。」 「いいですよ、僕も勝手にくつろいでいますから。」 黒子にとって、ここは勝手知ったる家だ。 黄瀬が別の作業をしていようと、あまり気にしない。 黄瀬がこれからしようとしていることは、ホワイトデーの名簿づくり。 もらった人とクラスを順に紙に書いていく。 先ほど言った通り、本当に気にしない様子で、黒子は文庫本を開き、本の世界へ行こうとする。 そんな黒子を見て、黄瀬は少し戸惑ったように口を開いた。 「……ね、黒子っち。」 「なんですか?」 間髪入れられずに帰ってきた答えに、彼はまだ本の世界へは旅立っていなかったことを知る。 本に没頭してしまった彼は、これくらいのことでは顔を上げない。否、気がつかない。 「…あの、さ。オレがチョコもらったり、こうしてお返しするのって、嫌じゃないんスか…?」 黒子と黄瀬は仮にも恋人同士という立場にいるのだ。 恋人が他の女の子からチョコを貰い、告白され、さらにそれにお返しをするのだ。 普通なら、嫌だと文句を言われても仕方ないと黄瀬は思う。 だけれどそんな黄瀬の言葉を聞いて、別に、と黒子は返した。 「特に、何とも思いませんけど。」 ことりと首を傾げられて返された言葉。 その言葉を黄瀬は勝手に解釈すると、顔を歪めた。 「……黒子っちは、オレのこと、どうでもいいんスか…?」 つい口から出てしまった言葉。 それにはっとして弁解しようとする黄瀬の言葉を遮って、黒子は、だって、と続けた。 「僕はむしろ、そうじゃない黄瀬君の方が嫌です。」 「…え…?」 黒子から予想外の答えを返され、間抜けな声を上げる黄瀬に、なんてことのないように黒子は続ける。 「女の子の一生懸命の気持ちをつっ返したり、適当な返事をしたり、もらったものをそのままにする黄瀬君の方が、僕は嫌です。」 普段から素直になれない自分の行動を思い返すと、気持ちを伝えることがどれだけ大変なことかわかる。 そして、どれだけ怖いことかも。 その努力を拒絶するような行動を取る黄瀬を、できれば見たくないのだ。 「…僕は、優しい君が好きです。」 少しだけ微笑まれて告げられた言葉。 それはどんなチョコレートよりも甘くて、黄瀬は嬉しくなった。 黒子から好きだと言われたことも、黒子から自分の行動を認められたことも、すべてが。 黒子の腕を軽く引くと、黄瀬はそのまま黒子を正面から抱き締めた。 やっぱり好きだなあと思う。 人の気持ちをものすごく考えているところとか。 黄瀬のことを考えての言葉だとか。 黄瀬は、本当は自分が告白されるのを、黒子があまりよく思っていないのも知っている。 それは純粋な嫉妬ではなく、他の人に気持ちが傾くのでは、という恐怖であることも。 黄瀬が女の子に呼び出されると、黒子は少しだけ自分の手に力を入れて口を結んで、か細い声で行ってらっしゃいと言うのだ。 その顔は見慣れている人にしか分からないだろうくらいに、ほんの少しだけ歪められている。 そんなことを思い出して、ふ、と黄瀬が笑うと、腕の中でもそもそ黒子が動くのがわかる。 「黒子っち、黒子っちはチョコくれないんスか?」 「欲しいですか?」 「もちろんス!」 きらきらと目を輝かせて言う黄瀬にちらりと目をやると、黒子は持っていた文庫本に目を向けた。 「え、くれないんスか!?」 「欲しいかどうか聞いただけで、あげるなんて言ってませんよ。」 そういえば黄瀬は目に見えて落ち込む。 まるで世界中の不幸を背負ってしまったと言わんばかりに。 そんな黄瀬を見るて、黒子はため息をひとつはいた。 そして、自分の横に合ったカバンをがさがさと漁ると、中身を取り出す。 「……黄瀬、くん。」 「へ?」 が、と口の中にいきなり押し込まれたもの。 それに黄瀬が目を丸くして黒子を見ると、そこには赤だか青だか黒だか微妙な色で顔を染める黒子が居た。 とりあえず口の中に押し込まれたものを綺麗に咀嚼すると、黄瀬は黒子に向き直った。 黒子の手には、業務用、と書かれた、袋に大量に入った板チョコがある。 「えーと…。」 「…本当は、作ろうと思ったんですよ。」 黄瀬が口を開くと、黒子はそれを遮るように喋りだした。 「…黄瀬君は、僕が料理系苦手なの知っていますよね。」 「………ハイ。」 そうじゃないスよ、と言いたいところだけれど、黒子の料理はそれが言えないほどのレベルであることを黄瀬は知っている。 黒子作った食事(と思わしき物体)は、とにかくすさまじいのだ。 ええと、つまり、と黄瀬が頭を働かせているうち、黒子から話し始める。 「……溶かして固めるだけのものなら、なんとかなると思ったんです。」 「…うん。」 「失敗しても何回もできるように、材料もたくさん買って。」 「…うん。」 「でも湯煎のかけ方もわからなくて適当にやったら、チョコに水が加わってすごいことになるし、」 「…うん。」 「じゃあレンジで溶かせば、って思ってやったらいつの間にか焦げちゃって、」 「…うん。」 「材料は沢山あるから、適当にやればなんとかなるかと思って色々入れてたらなんだかとんでもない色になってて、」 「…うん。」 「で、ラッピングしちゃえばわかんないかなとか考えて包装しようとしたら、なんだか箱の中から煙が出てくるし、」 「……うん。」 「とりあえずリボンかけちゃおうとしたら絡まってコマ結びになって取れないし。」 「……うん。」 「そんなことして一晩ずっと台所にいたら気づいたら朝で、学校で、間に合わなくって、それで…。」 最後は消え入りそうな声で話す黒子を、黄瀬は少しだけ力を入れて抱き締めた。 黒子が料理ができないことは、自分が身をもって知っている。 それでも、それでも自分のために一生懸命作ってくれていたという事実が嬉しくて、つい頬が緩む。 「………ありがとう、黒子っち。」 「……ど、いたしまして…。」 そうしてそっと背中にまわされた手がとてつもなく愛おしくて、黄瀬はやっぱりぎゅうと抱き締めた。 「…ね、黒子っち、このチョコ、オレにくれるんスよね?」 「……ただの板チョコですけど。」 腕の中から拗ねたような声が聴こえると、黄瀬は笑って、うん、と答えた。 「だから、これから一緒に作ろう。それで、それを二人で食べよう。」 ね、と黄瀬が言えば、黒子は柔らかく笑った。 2月14日のチョコレートは、普段よりも一層甘く感じる。 手作りでも、手作りじゃなくっても、愛がこもっているのが分かるから。 製菓業界の策略だっていいじゃない。 それにかこつけて愛を語ろう。 はっぴーばっどばれんたいん! 大切な大切なあなたへ贈ります。 +++ 甘ったるいバレンタイン。