3月14日。 愛する人に、愛を返す日である。 愛 で 笑 顔 さて、どうしよう。 黄瀬涼太は困っていた。 端正な顔を歪ませて、とても困っていた。 そんな悩ましげな顔もかっこいいーと騒いでいる女子の姿には不本意ながらもう慣れた。 それでも普段学校でも特定の名前しか出さない黄瀬に、クラスメイトの男子は呆れていた。 なんというもったいないことをするのだろうか、と。 「ホワイトデー、かー…。」 黄瀬はそう呟くと、机に突っ伏した。 生憎今年のホワイトデーは月曜日。 休日同様に愛しの人とゆっくり過ごす、ということもあまり叶いそうにない。 それでも前日が日曜日なのは嬉しい。かもしれない。 用意に時間がかけられるのだから。 「………どうしよ…。」 もう一度呟いた言葉は、HR開始のチャイムの音でかき消された。 +++ 「えーと、」 きょろりと黄瀬が見渡しているのは、大型商業施設、いわゆるショッピングセンター。 服を主に、雑貨やお菓子なども置いてある。 ホワイトデーのお返しに迷って迷って迷って、とりあえず土曜日、色々物色しに来たのだ。 「黒子っち、どんなのがいいかなあ…。」 悩んでいる割に、黄瀬の声は、どこか幸せで、楽しげなものである。 ぬいぐるみを手に取ったりアクセサリーを見たりお菓子を試食したり。 その行動はすべて黒子の笑顔見たさと言うことが自分でも分かっているから、自然と笑みがあふれる。 ぬいぐるみ、は似合うけど、男子高校生の部屋にどうだろう。 黒子がそっと抱き締めている図を想像して、いやいやぬいぐるみよりオレを抱き締めてほしい! という安直な理由で却下。 アクセサリー、は、多分、着けない。 バスケをやるときに邪魔になるし、校則もあるし、あまりいいものをあげても、黒子は恐縮してしまう。 という理由で渋々却下。 お菓子、は、喜んでもらえるかもしれない。 そんなことを考えると、色々な店が集結している場所を、黄瀬はうろうろと回る。 悩ましげな美少年に、店員さんは試食どうぞどうぞとどかどか進める。 黄瀬としても最初はありがたくもらっていたものの、さすがにこれ以上は気持ちが悪くなりそうで、途中から断りだしていた。 甘いものは嫌いではない。が、黒子ほど好きではない。 「…黒子っちが、喜ぶような、もの、ね…。」 というか多分、黒子は甘いものならなんでも喜ぶだろう、と黄瀬は思っていた。 バレンタインの時に彼からもらったチョコレートで、(主に黄瀬が一人で)ケーキやらムースやら色々と作ったのだ。 その時に、にこにこしながらすべて食べていたのを、自分で見ていた。 そんなことを思い出せば、人前にも関わらず、ついつい頬が綻ぶ。 普段食事なんて人の半分以下しか食べないのに、甘いものは別腹なんだろうか。 しかもその時の笑顔は非常に可愛いものだった。 もう本当にビデオとカメラで撮影して拡大して額縁に入れて飾りたいくらいに可愛らしかった。 彼の数少ない笑顔が、あの時間にはたくさん見れたのだ。 コレ以上喜ばしいことはない。 そんなことを考えて、あ、と呟くと、黄瀬は踵を返した。 (黒子っちが、きっと喜んでくれそうなもの。) +++ ピンポン、と電子音が鳴って、黄瀬は、はいはい、と玄関を開けに向かった。 「いらっしゃい、黒子っち!」 「お邪魔します、黄瀬君。」 ぺこん、と小さく頭を下げる様子が可愛くて、ついつい抱きしめたい衝動に駆られる。 それでも駄目だ。今は両手が多少ながら汚れている。 「上がって上がって。リビングでくつろいでて欲しいっス。」 「あれ、黄瀬君、ご両親は?」 「あー、今日はデートらしいんスわ。」 「…仲が良いですね。」 まったくだ。 いつまで新婚気分なのだと言いたくなるが、おかげさまでこうして家で周りを気にすることなく黒子と過ごす時間が出来る。 そういう点ではありがたい。非常に。 「あのね、黒子っち、あと30分くらい待っててもらってもいいスか?」 「……いいですけど、何かやってるんですか?僕もお手伝いしましょうか?」 「いや大丈夫っス!テレビでも雑誌でも、その辺にあるもの見てて待っててくれる?」 「……あ、はい、わかりました…。」 自分から誘っておいて待たせるのも悪いかな、と黄瀬は思ったものの、この際仕方ない。 少し、本当に少しだけ、待っていてもらおう。 「……リモコン、ないですね。」 あれえ、と黒子はごそごそと辺りを探した。 黄瀬に言われた通り、テレビでも観て待たせてもらおうかと思ったものの、リモコンがない。 だったら本体の方でスイッチを弄ればいいだけなのだが、電源を入れることは出来るものの、チャンネルの動かし方が分からなくて、結局消した。 30分、どうしようかな、と思いつつ、こてんと黒子は後ろに転がった。 最初に家に来た時はそれなりに緊張もしたものの、今はもう勝手知ったる家だ。 くつろぐことに特にためらいはない。 そのままごろごろと右を向いたり左を向いたりしては、黄瀬が来るのを待った。 +++ 「……黒子っち、黒子っち、待たせてごめんね。」 優しく名前を呼ばれると、黒子は少しだけ目を開けた。 黄瀬を待っている間に、どうも眠ってしまっていたらしい。 「…きせくん。」 「ん?」 「……すみません、寝ちゃって。」 「いいっスよ、黒子っちの寝顔も見れたしね。」 よいしょ、と黒子が体を起こすと、次の瞬間、はたりと目を大きくした。 目の前のテーブルにあるのは、隙間も見えないくらいのたくさんのお菓子類。 「……黄瀬君、これ…。」 「ホワイトデー、っスよ、黒子っち。」 バレンタインもらったから、お返し、と黄瀬が続ければ、黒子は困った顔で黄瀬を見つめた。 「でも、僕、バレンタイン、あげてないですよ…。」 「もらったっスよ。それで、一緒に食べたじゃないスか。」 「でもアレは黄瀬君がほとんど作ってくれて…、それで、僕は食べただけで…。」 それに、それに、と困ったように言葉を続ける黒子の額に、黄瀬はそっと唇を落とした。 「あのね、オレ、その時に見た黒子っちの笑顔が、何よりも嬉しかったんス。」 「…え…。」 「オレが作ったの食べて、笑ってくれたでしょ?あれが何よりのバレンタインプレゼントだったんスよ。」 「………。」 黄瀬の優しい言葉に、黒子は再び机の上のものに目線を向けた。 これはどう見ても買って来たものではない。 「…これ、黄瀬君が?」 「あ、そうっス!」 味は保証できないんスけど、と言うと、黄瀬は続けた。 色々何にしようか悩んでたんスけど、ホワイトデーって、3倍返しって言うでしょ? で、オレ、バレンタインのときの、すっごく嬉しい気持ちを3倍返ししたかったんス。 だけど何を見てもピンと来なくって、でも、バレンタインの時、すごくたくさん笑ってくれたから。 おんなじようなので悪いけど、これが一番いいかなって、色々手作りしてみたんス。 「バレンタインの時、オレが味わった喜びの3倍返しは出来ないかもだけど、受け取ってくれる?」 黄瀬がそう笑いかければ、黒子はテーブルの上のクッキーを一つ掴んで、口に入れた。 口の中が途端に甘い味でいっぱいになって、とても幸せな気分だ。 「……とても、おいしい、です。ありがとうございます。」 そんな黒子の言葉に、黄瀬は嬉しそうに笑うだけだ。 甘いのに甘すぎない。 きっとこれならいくらでも食べられてしまうだろうと思いつつ、くるりともう一度テーブルの上を見た。 ケーキ、タルト、パウンドケーキ、シュークリーム、マドレーヌにクッキー、スイートポテト。 お菓子作りで代表的なものは、ほとんどテーブルの上に揃っている。 これだけ作るのは、きっと容易じゃなかっただろう。 わりとなんでも器用にこなしてしまう黄瀬だとしても、苦労はしたはずだ。 黒子はそっと、黄瀬が自分の体の後ろに回して隠していた右手を取ると、小さな火傷に、そっと口づけた。 途端に赤くなっていく黄瀬の顔が面白くて、小さく笑う。 「……モデルなんですから、傷つけないでくださいね。」 「………え、あ、は、はいっス!」 モデルであろうとなかろうと、彼に傷がつくのは見たくない。 それでも自分のための傷は、どうしても愛おしく見えてしまう。 「……黄瀬君。」 「うん?」 「僕、こんなにたくさん食べたら太ってしまいますよ。」 「黒子っちはむしろもう少し太ってオレを安心させてほしいっス。」 細すぎていつ折れるかと気が気じゃないんスから!と力説されてしまっても、黒子からしたら自分は標準だ。平均だ。 認めたくはないが、縦はおろか、横にもこれ以上は増えないだろう。 「……黄瀬君。」 「うん?」 「………僕、すごく、嬉しいです。」 「…それは良かった。」 飾った言葉なんて、今この場では口から出てこなくて。 そんな簡単な言葉でも、目の前の黄瀬の笑顔で、自分の気持ちは届いたのだと自惚れさせてくれるから。 だから、僕はいま、とても幸せです。 きっとこんな気持ち、3倍だなんて目じゃない気がするけれど。 悔しいから、言ってやらない。 +++ バレンタイン話の続きです。 やっぱり甘ったるい。