メリーメリークリスマス。

素敵な聖夜にこの街へ、夢配るために舞い降ります。










君が福を唱えるは










「うん、というわけで仕事なんスけどね。黒子っち。」

「このやったらめったら寒い中に外に行くなんて自殺行為僕は認めません。」

「それはオレも同感だけどそうじゃなく。ホラ早く着替えて!」

ほら!と黄瀬が強引に黒子の布団を引っぺがせば、黒子から恨めしげな眸で睨まれた。

じと、と睨まれると、不思議とこちらが悪いような気がしてくるから不思議だ。


「黄瀬君が僕をいじめます…。」

「いやいや誤解を招くようなことは言わないでね!」

未練がましくも布団を背負うように羽織った黒子は、そのまま目を瞑って現実逃避を計った。

早くも瞼がくっつきそうだ。

しかしそんな抵抗を布団を奪うことで阻止し、代わりに持っていたものを黒子の方へ差し出した。


「布団の代わりにこれ、服。着替えてね。」

「…服冷たいんですよ。」

「それはオレも着替えるたびに思うから良くわかるけど、今は頑張って!」

これね、と黄瀬から渡された服は、赤と白の服。

ボタンだけ黄色、というか金色仕様で、きらきらとしている。



黒子は心底嫌そうに受け取ると、超スローペースで着替えを始めた。

寒い寒いと唸りながら、もそもそと着替えて行く。

渡された服の下には、これでもかと言うほどに着こんである。

仕上げとばかりに白いマフラーをぐるぐる巻きにしたころには、何となく目も冴えていた。



「…仕方ない。諦めますか。」

「そ。もうソリ配布されたからね、行こう。」

はい、とごく自然に差し出された黄瀬の手を握ったものの、その瞬間に黒子はその手をはたき落した。


「ちょ、なんで黄瀬君、こんなに手、冷たいんですか。」

「あ、手袋するの忘れてたっス。」

オレ普段は体温高いんだけどね、と黒子の首筋にひやりと手を当てれば、条件反射のように黒子の肘が黄瀬の腹に入った。

鳩尾から鈍い音がする。



「…バカなことやってるとソリから突き落としますよ。」

「去年もやられたっスね、オレ。」

ハハ、と笑いながら窓の外を見れば、もう出発したらしい他の2組の光が見えた。




黄瀬涼太、黒子テツヤ、他4名。


本業はクリスマスのヒーロー、サンタさんです。





+++



「僕はもうここで凍死するんじゃないでしょうか。」

「大丈夫、去年も何とかなったから。」

「今年暖冬なんて嘘ですよね。」

「今夜中だから例外って感じもするねえ。」

「夜中と言うか真夜中と言うかもはや地獄と言うか。」

はあ、と黒子は体中の空気を吐きだすようにため息を吐いた。

それに黄瀬は笑うと、右手でソリの綱を握り直し、左手で黒子の体を抱きよせた。

普段ならば顔面に拳が入るこの行為も、毎年この瞬間のみ許される。

それだからこそ、この季節、黄瀬は必死にならなければいけない。

その理由は、この地域に適当に割り振られた6人が、毎年2人組になって仕事を行うからだ。


一昨年は黒子の存在をよく知らなかったがために、黒子とは同じソリには乗ることが出来なかった。というか望まなかった。

しかし去年からは何としてでも黒子と一緒に仕事がしたくて、それはもう頑張った。

ソリの操縦も地図を読むことも寒さにすら弱い黒子には、それなりに出来る者がペアにならなければいけなかったものだから、それはもう頑張った。

そしてある程度はまあ一人前だと認められて、ぜひ黒子とやりたいと頼んだところ、本人からいとも簡単に承諾をされたのだ。

僕寝起き悪いので、起こしてくれるのなら良いですよ、と。



「…他の皆さんは?」

「んー、オレたちより少し前に行ったみたい。」

「今年は青峰君と緑間君がペアでしたっけ。」

「うん、なんか面白そうなペアっスよね。」

「出来ることなら後ろで観察していたいくらいですね。」

どちらも我が強い二人が二人きりで居ることなんて、この仕事ぐらいでしか見たことがない気がする。

それでも根は面倒見の良い二人のことだ。

上手く折り合いをつけているんじゃないかと思う。


「で、赤司君と紫原君、と。」

「まあその二人は平気っスよね。」

「無難ですね。」

紫原が青峰や緑間と組むよりは上手く行くのではないかと思う。

黄瀬と黒子の思考が計らずとも一致した瞬間である。




「黒子っち、今年も頑張ろうね。」

「そうですね。最短で終わらせて帰りましょうね。」


なるべく早く仕事を終わらせて布団に帰りたい黒子と、

なるべく遅く仕事を終わらせてギリギリまで黒子と居たい黄瀬とでは、

色々と脳内の思考が違うのは当然のことであった。


黄瀬はそれに気づいて、少しだけ息を吐いた。

(それでも左腕に埋まっている体温が幸せだと思えるオレは、中々に幸せ者だと思う。)



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「ねえ、黒子っち、確か一軒目ってこの辺じゃなかったっスか?」

「今見ます。」

がさがさと懐から地図を出すと、黒子はばさりとそれを広げた。

そして地図に指を載せながら、ええと、と呟いた。


「……まっすぐ、かもしれません。」

「右っスね。」

ひょいと手元の地図を覗きこまれて即座に訂正されたことに対して、黒子は不服そうだ。

それに黄瀬は、黒子っちは別のところで働いてもらうからね、と宥めるように声をかけた。


もう少しで家の前、という場所に差し掛かかれば、そこからは黒子の出番だ。

黄瀬はソリのスピードを緩めることもせず、家に近づけることもせず、左手で黒子の背をぽんぽんと叩いた。

「黒子っち、あの赤い屋根の家っスよ。」

「任せてください。」

黒子は隣に置いてあったやたらと大きい白い袋の中に手を突っ込むと、手に当たったそれを引っ張り出した。

そしてそれを右手で掴み直すと、目標の家の窓に向かって力一杯ぶん投げた。



「よし、ひとつ終わりです。」

「黒子っちと一緒だとここが楽っスねえ。」

「得意分野です。」

普通は窓のすぐ横まで寄って、そっと枕元にプレゼントを置く。

それでもそんなことを一人一人にやっていれば時間はなくなり、日が昇ってしまう。

そこで裏技というかなんというか、プレゼントは専ら投げ入れることが多い。


そしてそれが得意であるこの地区の六人は、わりと優秀とされて評価が高い。

やっていることは限りなく雑でも、結果オーライだ。


「でも食べ物とか割れ物だと困るんスよね。」

「まあ子供ですから、欲しがる人も少ないことが救いですね。」

話しながら、黒子は黄瀬に示された家に的確に物を投げ入れていく。



子供たちに夢を、幸福を、笑顔を、と考えているのかは、非常に謎なところである。






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「…そろそろ指がかじかんできました。」

「わ、じゃあ早く配っちゃおうね。」

左腕を黒子から放し、両手で綱を握る。

それを少し操れば、少しだけスピードが上がった。


「あと何軒でしたっけ。」

「でもあともう少しで終わりだと思うんスけど。」

「3軒以内であることを祈ります。」

言いながら、黒子は地図で残りの家の数を数えた。

しばらくすれば、あ、と黒子から少しだけ明るい声が上がった。



「なんだ、あと一軒で終わりですよ。」

「え、ホント?」

「本当ですよ。終わった家にはバツ印付けておいたんですから。」

「…なんかバツだと、空き巣に入った家に印付けてるみたいっスねえ…。」

せめてマルにしようよと言えば、そんな細かいこと気にしたら負けですと言われた。

何に負けるのかを聞きたいところだが、聞かないでおいた。



「あ、ラストあの家っスよ。でけー。」

「ほんと、大きな家ですね。」

言いながら黒子は袋を漁ると、中からは球体にラッピングを施されたものが出てきた。


「…地球儀?っスかね。」

「それなら勉強熱心で何よりですね。」

でもまんまるで棒もないですし、なんでしょうね。

言って顔を上げたところで、目当ての家のすぐ傍まで来ていたことに気づく。

考えている暇もなく、黒子は慌ててそれを投げた。


「間に合わないかと思いました…。」

ふう、と黒子は息を吐くと、先程の大きな家の窓を振り返った。




そうすれば、頭を擦りながら起き上がる子供の姿が見えた。

急いで手元が狂ったせいで、プレゼントは子供の後頭部を直撃したようだ。



球体を抱えたまま首を傾げた子供は、赤い髪をしていた。







「…さ、帰りましょうか。」

「そっスね。」

帰ったらあったかいココア作ったげる、と言われれば、黒子は上機嫌で、早く帰りましょうね、と笑った。





プレゼントをぶつけたことは、とりあえず気にしない方向で行くことにした。








今年は少しだけ特別なクリスマス。


夜を駆けるメンバーが7人になる前のお話。




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そんなわけで皆さま、ハッピーメリークリスマス。

クリスマスも懲りずにパラレルです。


皆さまにとって、幸せで暖かい記憶が残りますように。