「とりっくおあとりーと。お菓子をくれなきゃ殺しますよ。」 「最初にトリックって聴こえたのはオレの幻聴っスかね。」 はっぴーはろうぃーん ばっどはろうぃーん 「狼さん、血をくださいな。」 「吸血鬼さん、死んでくださいな。」 狼さん、と呼ばれた黒子テツヤの頭には、白のふわふわの耳と、尻には同じく尻尾が着いている。 吸血鬼さん、と呼ばれた黄瀬涼太の口には鋭い牙、そして頭には、牙と同じく鋭い耳があった。 狼と吸血鬼。 異種族同士。 仲が良いと主張する吸血鬼は、決して狼と仲が良いわけではなかった。 「もー、狼は血の気が多いって言うじゃないっスか。」 「君にやるくらいなら、その辺の土に染み込ませた方がマシです。」 言外に死んだ方がマシだと言った黒子に、黄瀬は首をすくめた。 それがやけにサマになっていたりするもんだから嫌になる。 「吸血鬼様の餌食になりたがっている女性なら、そこらへんにたくさん群がっていらっしゃいますよ。」 「そんな据え膳、正直美味しくはないっスね。」 ぺろり、と唇を舐めた黄瀬の口は、既に血を欲している。 「黒子っちってば、オレが餓死してもいいって言うんスか?」 「黄瀬君が餓死?笑わせてくれますね。腹が捩れそうですよ。」 嘲笑うように、それでも無表情を崩さずに、黒子は両手を広げた。 それを面白そうに見ていた黄瀬は、くつくつと笑った。 「減るモンじゃないっスよ。」 「いや物理的に減りますし。」 そう言った黒子の顎を、黄瀬は指先で持ち上げた。 壁際に追い詰めて、黒子の顔の横に手を置けば、黒子は不愉快だと言わんばかりに顔を歪める。 「…どきなさい。」 「黒子っちがいいって言えばね。」 「誰が、君なんかに。」 言いつつ、黒子は逃げようと爪を伸ばした。 そんな敵意たっぷりの黒子を見て、黄瀬は体を離した。 下手したら首を抉られそうだ。 「毎晩毎晩つれないっスね。狼は。」 「諦めてその辺の女性でも漁って来てください。」 ほら、と手を振って払えば、仕方ないと言わんばかりに黄瀬はため息を吐いた。 「行ってくるかな。」 「行って来なさい行って来なさい。」 黄瀬の睨んだ先には、無防備にも歩いている女の姿が目に入る。 ターゲットだ。黄瀬はそう呟くと、高いビルの屋上から身を投げた。 「やっと行きましたか。…あの大喰らいめ。」 はあ、と黒子はため息を吐いた。 一体何人の血を吸えば満足できるんだか。 きっと直ぐに口の端から血を滴らせて戻ってくるだろう吸血鬼を見下ろした。 悲鳴を上げる暇もなく血を奪われる人間は、まるで砂のようにその場に崩れ落ちていく。 脆弱な人間は、所詮彼の欲求を満たすことなんてできないのだろう。 なんて、哀れ。 +++ 「満足ですか。」 黒子が戻ってきた吸血鬼に聞けば、一人分じゃね、と返された。 「君は何人分なら気が済むんですか。」 「人間だとどれぐらいっスかね。」 ぐい、と口の端の血を拭うと、黄瀬は腰を下ろした。 分からないと言うことは、満足するほどに血で腹を満たしたことがないからだろう。 「……あ、そ、ですか。」 「……黒子っちなら、一人分で十分なんスけど?」 ねえ、と黒子の頭の上でふわふわ動く耳を触る。 その瞬間に、同じ色をした尻尾で叩かれた。 「…生憎、まだ死ぬ気はありませんが。」 「まさか。黒子っちは殺さないっスよ。」 どーだか、と呟いた黒子の目は、月の光で金色に光っていた。 基本的、吸血鬼は人を殺すほどに血は採らない。 だけれど、隣に居るこの男は別だ。 人情も何もないんだろう、なんて思うものの、そういえば人じゃなかったと思い直す。 「……君、何でそこまで僕に拘るんですか。似たような体質の奴ならあちこち人間に混ざってますよ。」 普段は人として生活をしている化生のもの。 皮を剥がせば、単なる化け物だ。 「君ならそんな方たち、匂いでわかるでしょうに。」 それとも感覚が鈍っておいでて?と黒子がからかうように言えば、やだなあ、と返される。 「オレは、黒子っちの血だから、欲しいんスよ。」 いつの間にか距離を詰めた黄瀬に、黒子は動けなかった。 「は?」 「………調子に乗らないでください離れろ吸血鬼…!」 「スキンシップ。」 「過剰でしょうどきなさい!」 ちゃきん、と爪を出して手を大きく振れば、ひょいと交わされる。 「なんだ、残念。」 とん、と黄瀬は靴先で屋上の床を叩いた。 「油断も隙もない。」 黒子はいつの間にか床に押し倒されていた体を持ち上げた。 まったく、と呟きながら、乱れた服を簡単に直していく。 うん、やっぱりあの人の首元本気で掻いてやればよかった。 (ああ、だから、人じゃないんでしたっけ。) +++ 「あーあ、黄瀬は相っ変わらず脳みそ少ねえのな。」 「青峰君?」 「黒子、大丈夫か?」 「火神君!」 同時にビルの屋上に降り立った二人を、黒子は振りかえった。 いや、正確には人ではない。 「…黒子っちってば、いっつも悪魔二人にばっかり笑顔振りまいちゃって。」 ぱたぱたと振られる黒子の白いしっぽを見て、黄瀬は、あーあ、と呟いた。 狼と言うよりも、犬みたいだ。 主人を見つけて駆け寄る小型犬。 「君たち、お仕事は終わったんですか?」 「終わったつーか、青峰がもう働きたくねえっつったんだよ。」 「ああ、まだペア組んでたんですか。」 「組んでんじゃねえよ。組まされてんだよ。」 青峰が人の体から魂を引きずり出し、火神がその魂を体からぶった斬る。 真面目に仕事をすれば、かなり優秀なコンビには違いないのだ。 仮定の話に過ぎないのは、真面目に仕事をしたことがないからである。 「テツもテツで、相っ変わらずいい毛並みだな。」 「狼でこんなに白いのって、黒子くらいだろ?」 ふわふわと青峰と火神が耳を撫でれば、黒子はうっそりと目を細めた。 そうしてされるがままになって居れば、黄瀬が唇を尖らせた。 いつもと同じ光景だ。 「黒子っちってば、オレには触らせてくんなかったのに。」 「君は触り方が粘着質で気持ち悪いんですよ。」 言えば、黒子っちつめたーい、とふざけた音声が返ってきた。 「オイコラ変態吸血鬼。お前まだテツの血ィ狙ってんのかよ。」 「余分なものがオレの名称の前に付いてるんスけど。」 「否定できんのか。」 「どう考えてもオレには合わないっスよね。」 「オレはお前のためにある言葉かと思ってた。」 青峰と黄瀬が話し出せば、黒子はこれ幸いとばかりに、火神に駆け寄った。 そしてその腕に、ぐり、と額を押しつける。 「どうした、黒子。」 「あの変態吸血鬼のせいで荒んだ心を癒してもらおうかと。」 「もうあの変態吸血鬼は人間の警察に差し出しゃいいんじゃねえかな。」 「最近噂の殺人犯の正体はこいつですーって?」 「最近噂の女性ばかり狙う変態連続殺人犯の正体はこいつですーって。」 それはいいですね、と黒子が笑えば、そうだろう、と火神も笑った。 そして、あ、と火神は呟くと、自らのポケットを漁った。 「やる。」 「なんですか?」 「菓子。」 「ああ、今日はこのまま街に降りてもバレない日でしたね。」 街に降りて、姿を人に変えずとも、色々と姿を変えた人に混ざって。 そして理不尽極まりない言葉を吐いて、相手から菓子をとる。 行ってくれば良かった、と言う黒子に、だからやる、と火神は握った手を差し出した。 「…でも、コレは火神君の。」 「いいんだよ。オレは甘いもん好きじゃねえし。」 じゃあなんで参加してきたんだ、と聞きたいところだが、聞かなくても分かるので、素直に手を出した。 そうすれば、火神の握った手が解かれて、中からぱらぱらと菓子が落ちる。 「ああ、テツ、オレのもやるよ。」 「え?」 ほい、といつの間にかに目の前に立っていた青峰が黒子の手に菓子を載せた。 両手から零れるのでは、と思うほどの菓子の量に、思わず顔が緩む。 「オレもあるっスよ。はい、黒子っち。」 「黄瀬君はいつの間に。」 「変態吸血鬼でも、見た目が取り柄なもんで。」 少しの時間さえあれば、その辺の女性から菓子をせびるくらい簡単なことっスよ。 黄瀬がそう続ければ、黒子はそういえば、と思い返した。 人に化けて街に降りても、確かにこの変態吸血鬼は女性陣に人気があった。 黄瀬からも載せられた菓子のせいで、ついに黒子の手からほとりとひとつキャンディーが落ちた。 それを黄瀬が拾って包みを開けると、そのまま黒子の口に近づけた。 そして黒子の口にキャンディーを含ませた途端に、ガキ、と音が鳴った。 砕け散ったそれは、黄色をしていた。 今晩はいつもよりも楽しい仲間が2人加わって。 月の光が降り注ぐ夜、月に一番近い場所で待ち合わせ。 狼に切り裂かれるか、吸血鬼に血を抜かれるか、悪魔に魂を連れ去られるか。 それに較べたら菓子なんて、どれだけ容易いの。 +++ ハロウィン的な感じです。 そんな感じです。