鬱陶しい。

火神と青峰が転校生に抱いた感想は、まずそれであった。






「黒子っちい!」

「わ、いきなり飛びつかないでくださいってば。」

「黒子っち抱き心地良いっスねえ。」

「それは褒め言葉として受け取って良いんですか…。」

もちろん!と笑顔で黒子に話しかけるのは、今朝転校してきたばかりの黄瀬涼太。

黒子はそんな黄瀬に手を伸ばすと、寝ぐせついてますよ、と髪を撫でた。


「さっきの授業中、寝ていたでしょう。」

「…途中までは、頑張ってたんスよ?」

「初日ですし、緊張して色々疲れもあるんでしょうね。」

でも気をつけなきゃだめですよ。あの先生、厳しいんですから。

黒子が優しく言えば、黄瀬はえへへとやっぱり笑った。







「…青峰ェ、あの黄色い物体、捨てて来ていいか?」

「…よっし火神。あいつを埋める役はオレに任せろ。」

教室後方の前後の席で、火神と青峰は、顔を歪めていた。

その視線の先には、教室前方黒板のあたりで話している二人組。

火神と青峰の口元で、袋に堅焼きと書かれていた煎餅が割られる音がした。





ばきん。







藍玉








黄瀬涼太は、転校生であった。

今日の朝、黒子テツヤ、火神大我、青峰大輝が在籍するクラスへとやって来たばかりだ。


担任がやるはずであった「転校生に校内案内」という業務を頼まれた、否、押しつけられたのが黒子テツヤ。

そしてその黒子テツヤの保護者的、兄貴的存在が、火神大我と青峰大輝であった。



常日頃無表情な黒子テツヤが、面倒と思っているのか思っていないのか分からない表情で転校生に校内案内を申し出た。

それに転校生は、そこに人が居たことに驚いて悲鳴をあげ、それからその申し出に頷いた。

それが昼休み始まって直ぐ。

その30分後、校内案内の残りは明日に回し、途中で二人が教室に引き上げてきたのがつい5分前。




30分前に黒子テツヤを怪訝な目で見ていた転校生は、もうどこにもいなかった。

居るのは、忠犬よろしく黒子テツヤに飛びつく黄瀬涼太の姿。








「…って、納得できっかよコノヤロー!」

「落ちつけ青峰!煎餅が落ちる!」

「お前は落ちつけんのかよ!」

「落ちついてんに決まってんだろうが!」

「それ言うわりにお前さっきから煎餅食ってねえからな!割ってるだけだからな!」

火神の手元には、一口サイズから粉々になったものまで、哀れな形の煎餅が散乱していた。

たく、と青峰は呟くと、がしがしと自らの頭をかき混ぜた。


ああもう本当に腹立たしい腹立たしい腹立たしい。

テツはオレがどれだけ大切にしてきた存在か。

中学時代に出会い、高校からは火神も一緒だった。

最初は火神に対して敵対心もあったものの、黒子に対しての感情がとても暖かいものだと知り、その敵対心はいつのまにか溶けていた。

それからは3人で行動を共にすることが増え、3人で居ることが心地よかった。


老若男女に自らの存在を気づかれず、気づかれた者には高確率で好意を向けられる。

そんな親友を、今までずっと護って来たというのに。


ああ、なんて、腹立たしい。





怒りと戸惑いが折り重なり、自分でもどうしたら良いのかわかっていない青峰を火神は見た。

オレだって、と呟くと、火神は煎餅をまた割った。


ああもう本当に憎たらしい憎たらしい憎たらしい。

黒子はオレがどれだけ大切と思えた存在か。

高校で出会い、その儚げな眸に興味が沸いた。

そして気づいたことは、そんな黒子の隣には、常に青峰が居たこと。


初めは恐らく、青峰からは敵対心でも持たれていたのだと思う。

当然だ。奴が大切にしてきた存在に、オレのような人間が近づいてしまったのだから。

それでも、青峰から向けられるそんな感情は、日毎に薄れてきていた。

つまり、認めてもらえたのだと思う。

何に、とは、直接本人に聞いたことがないために推測しかできないが。


そんな3人の居心地の良かった空間に突如現れた物体。

オレの大切な空間に、土足で入り込んだ人間。


ああ、本当に、憎たらしい。







ばきん、とまた一つ、机の上で煎餅が割られた。






+++





「青峰君、火神君、何かご用ですか?」

「テツ…。」

「黒子…。」

机に伏せっていた二人の元に来たのは、今現在二人の思考の十割を占めていた人物。



「先ほど、ずっとこちらを見ていたでしょう。どうかしましたか?」

「…いや、何でもねえ。」

青峰が答えると、座った自分よりも少し高い位置にある水色の髪をわしわしとかき混ぜた。

そうですか、と呟く黒子は、どことなく不服そうだ。


火神はそんな黒子を見て笑うと、なあ、と声をかけた。

「…黄瀬、どんな奴だった?」


唐突な質問に、黒子はぱちりとひとつ瞬きをした。

そして首を後ろに捻った視線の先には、まだ食べていなかった昼食を自分の席で食べている黄瀬の姿。

数秒経ってから目元を緩めると、そうですね、と呟いた。


「モデルをやっている方なんて、きっともっと、お高く止まったような方だと思ったんですけど…。」

僕の偏見だったようです。

彼はとても優しくて、人にぶつかりそうになった僕を助けてくれたり、合わない歩幅を合わせてくれたりしたんです。

彼に、謝らなくてはいけませんね。



ふふ、と笑って言った黒子を見ると、青峰も火神も何も言えなくなった。

黒子が自分たち二人以外の誰かに向けてこんな顔をするのを、初めて見たからだ。


それも、同じ空間に入って数時間、会話をして数十分の人間に。


「そ、か。」

呟いたのはどちらであったか。





そんな3人の後ろに、ぱたぱたと黄瀬が駆けてきた。

黒子っち、と呼ぶと、黒子の隣に肩を並べる。


「この二人が、さっき話してた二人っスか?」

「そうですよ、青峰君と、火神君です。」

黒子が片手を上げて二人を紹介すれば、黄瀬はうんうんと頷いた。


そして、さっきも自己紹介はやらされたけど、と前置きをして、手を出した。

「オレ、黄瀬涼太っス。よろしく!」

屈託のない笑顔に、差し出された右手。

二人は顔を見合わせると、どちらともなく、心の中だけで舌打ちして笑った。


黒子テツヤが、オレたちが大切にしたいと考えた存在が、オレたち以外に笑いかけたヤツ。

それならば、仕方がない。




がたん、と二人同時に席から立ち上がった。


「…どうも、オレは火神。」

「青峰だ。」

火神が右手、青峰が左手を差し出すと、黄瀬は一瞬はたりと瞬きをした。

そして、ぷは、と笑うと、元々差し出していた右手に、さらに左手を追加した。

右手は火神の右手に。左手は青峰の右手に合わせられた。



「よろしく、青峰っち、火神っち。」

「…何だよ、その呼び方。」

「良いでしょ。仲良くなった記念。」

「……好きにすればいい。」

ったく、と青峰が空いている右手で再び自分の頭を掻いた。

火神は、いいのかよ、と無言と青峰を睨んだ。



「それから、仲良くなったついでに、二人に言いたいことがあるっス。」

「は?」

「何?」

青峰に続いて火神が聞けば、黄瀬は、やはりにこりで笑顔で言った。





「黒子っちを、オレにください!」




言った瞬間に黄瀬の体は宙を舞い、その空っぽの頭は文字が書かれたままの黒板にめり込んだ。

繋いだ手をそのままぶん投げた二人は、両手を合わせてぱんぱんと叩いた。



「…黒子が欲しけりゃ、オレらを殺すつもりで倒してみせろよ。」

「まあ、テツがかかってる時点で、オレらが負けるはずねえんだけど。」






パラリと黒板のヒビが割れて落ちた。





そんな3人の会話の中心人物である黒子テツヤは、先程まで青峰が腰かけていた席に座り、火神が割ったことにより一口サイズになった煎餅を口に含んだ。






ばきん。





欠片がころりと、床に落ちた。





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黄→→→(←)黒+火+青なお話です。