「…うあー、つっかれたー…。」




ぜえぜえとひたすら肩で息をする。

少し離れた場所には、自分を探している女の子たちの姿が見える。

多分、向こうからここは見えないだろう。



わりと高めの木の枝の上。

見下ろしバツグン。

落ちたら、良くて骨折、悪くて死亡。



「しばらくここに居るかな…。」

ここで隠れて、様子を見て、大丈夫そうになったら出て行こう。

そう決めると、誰に言うでもなく、良し、と呟いた。





「おや、君は誰ですか。」






「……え、わ…!」

「おっと、危ない。」


誰に言うでもなく呟いた言葉は、うっかり誰かに聞かれていたようで。

慌ててバランスを崩したオレの首根っこを掴んで落下を防いでくれたのは、とりあえず変な人。



「大丈夫ですか?」

「…………ああ、まあ……。」


アリガトウゴザイマス、ととても機械的な礼をして、枝に座りなおした。






学校敷地内の大きな木の枝の上、着物を着た変な少年に会いました。


(ついでに、命も助けてもらいました。)








  えまう








女の子は多分嫌いじゃない。

走ることも多分嫌いじゃない。



でも、まあ、女の子に追われて走ることは、正直、キツイ。



一人二人なら簡単に何とかなるものの、さすがにフタケタは勘弁してほしい。

というかどうして追いかけてくる。


そんな疑問を抱きつつ、整わない呼吸を繰り返す。

とりあえず、どこかに隠れたい。もう走りたくない。





時は昼休み。

幸か不幸か外に居るときに見つかってしまったため、校庭だろうと中庭だろうと行き放題だ。

ただし、その辺りは隠れられる教室などがないため、非常に面倒くさい。



もう物置でもなんでもいいよ。

暗くても狭くても身を隠せたらどこでもいい。

多少じめじめしていたっていいよ我慢する。


そんなことを思いながら、足を動かし眼も動かす。

きょろきょろとあたりを見渡せば、中庭に一本、大きな木があった。




「……こんなの、あったんだ…。」



ザワリと吹いた風に、そのまま緑の葉が揺れた。

さわさわと小さな音を立てながら、葉の影が自身に降りかかる。

ちらりちらりと零れる光が、少しだけ目に痛い。


何故かその光景から目を離せずにいれば、後ろから声が聴こえた。

女の子特有の高くて甘ったるい声で、自分の名前を呼ばれている。



慌ててその大きな木の後ろに隠れたものの、当たり前だが、後ろからは簡単に見える。

万一後ろに回られたらアウトだ。くそう。


そんな風に考えては、あることを思いついて、自分の頭の辺りにある枝に手を載せた。

そしてそのまま、自分の体をそこに引き上げる。


「よ、っと。」


ぐん、といきなり視界が高くなる。

だがそんなことに構っている時間もない。

近くの枝に手を掛け足を掛け、なるべく枝と葉が入り組んでいる場所に入り込む。

そこで太く丈夫そうな枝を見つけると、幹に手を付いたまま、そっと腰掛けた。



疲れた。本当に疲れた。意味もなく疲れた。



そんなことを思っていたら、唐突に後ろから声が掛けられて。

まあその声に驚いて落ちそうになって、助けられて。




そしてオレの礼にいえいえと返した少年は、なぜか着物を着ていましたわけでございます。





+++





「…えーと、まさか先客が居たとは知らず、スミマセン…。」

隣に座る少年の異様な雰囲気に、何となくこちらは敬語だ。

下手なこと言ったらいきなり刃物でぶすりと刺されるんじゃなかろうかと思うくらいには、中々不気味、かもしれない。



それに、ふむ、と目の前の少年は腕を組むと、自らの顎に手を当てていた。

よく探偵が事件のことを考えるときにする、あのポーズだ。


「……先客、と言いますか…。」

何と言いますか、と少年は自問している。



こちらとしては、そんな風に考え込まれるようなことを言った覚えもないので、正直、困る。

先客ではないのなら、オレの反対側から同時に登ってたのだろうか。

いやいやそんなまさか。

幾ら何だってそんなことありえない。



だったら何なんだ、と考えたところで、少年は、あのですね、と言って続けた。





「僕、ここの住人です。」






+++





「……え、住人って、え、この木に住んでるってこと?」

「えーと、まあ、そんな感じです。」

「え、食事は?」

「まあ、何とかなります。」

「じゃあ、寝るときとかも、ここで寝るんスか。落ちないの。」

「……まあ、落ちはしませんね。」

「へえー!」


立て続けに質問をしたものの、自称この木の住人は、それに答えてくれた。

答えつつ、困ったように着物の袖で自分の頬を掻いている。


「…人間?」

「まさか。」

「だよね。」


こんな場所に、着物で住んでいるだなんて、普通は人間じゃないだろう。

というよりも正直、この少年の纏う雰囲気が、人ではないモノであるような気がした。




「妖精?」

「妖精、というより、精霊、と言って頂けた方が。」

「それってどういう違いっスか。」

「精霊の方が音の響きが好きです。」

「…あ、そう。」


随分適当な。

そう言おうと思ったが、なんだか面白かったので、言わないでおいた。



「……ねえ、精霊サン。お名前は?」

「そういうときは自分から名乗るものですよ、人間サン。」


表情一つ変えずに返って来た言葉に、うっかり笑いそうになる。

何だこの精霊、楽しい。




「ええと、オレは黄瀬涼太。見ての通りド人間です。」

「どうも、黒子テツヤです。ご存じの通り精霊です。」


ひょいと差し出された手を、こちらも握り返す。

少しだけ体温が低いような気もしたが、思ったよりも、しっかりと触れることが出来た。



「…触れるんだ。」

「そうでなかったら、先程の君は落ちていましたね。」

無意識に呟いた言葉に、恐ろしいことを簡単に返された。




普段は名前を名乗れば、ああモデルの、と少なからず特別扱いをされることが多い。

それでも、人間の情報には疎いのだろう精霊は、そんなことに頓着しない。

初対面にも関わらず軽口を叩き、普通に手を握ってくれる。



それがなぜか、とても嬉しかった。






+++





遠くの方で、チャイムの音が鳴った。

実際は遠くなどないのだろうが、どこか現実離れしたこの空間では、とても遠くに感じた。




「……やべ、5限…。」

「ああ、学生さんは大変そうですねえ。」


のんびりと言う精霊に、そういうアナタは何歳ですか、と問いたくなる。

第一精霊に年齢ってあるのか。

見た目はものすごく若そうに見えるが。




「……サボリたいな。」

「ダメですよ。」

ぽそりと言った言葉に即答される。

だがその言葉に腹が立つことはなかった。

むしろ、下手に甘やかされるよかずっと良いとさえ思ってしまう。




「…じゃ、途中参加だけど、ちゃんと受けてくる。」

「ええ、いってらっしゃい。」


先程握手をした彼の手は、もう着物の袖に隠れてしまっている。

その手がひらひらと振られ、着物がゆらゆらと揺れた。


それでもなぜかそれに影はなくて、少し不思議に思えた。

先程は触れることが出来たのに、実体があったのに、今は影がなかった。




「………あの、」

「ホラ、もう行かないと。」

言おうとした言葉は遮られて、そっと背を触られた。ような気がした。

実際は触られてなどいなかったのだが。




それになんとなく聞いてはいけないような気がして、枝から体をずらした。

それでも、質問の代わりに、と自分に言い聞かせて、口を開く。




「…ねえ、また、ここに来てもいいっスか?」




何となく隣を見られずに、前を向いたままそっと尋ねた。

そうすれば、とても優しい声で、もちろんですよ、と返って来た。



「いつでも、いらっしゃい。」




暖かいその音が嬉しくて、一度だけ隣を見て、笑って、ひょいと枝から飛び降りた。

ザ、と周りの葉が少しだけ音を立てて揺れた。





地上から上を見上げると、もう既にその精霊の姿は見えなくて。

それでも気にせず、右手を挙げて振った。



また来るね、と。







色んな面で謎だらけの君と会いました。

聞きたいことも知りたいこともたくさんあるけど、それはまた今度。








+++


精霊な黒子さんと、人間な黄瀬さん。