「どうもこんばんは悪魔です。」

「どうもこんばんはお帰りはあちらです。」



指差した先は、部屋の扉。

そこから入って来たわけではないと知っていても、一応それは人の性というもの。



いやですねえ帰りませんよ、などと言っている危ない輩をどうしたらいいものか。

学校の教師は教えてはくれなかった。



グッバイ、ノーマルライフ






「と、いうわけで。」

「どういうわけスか。」

水色の髪をふわふわとさせる少年は、どう見ても人間にしか見えない。

それでも、自分が部屋に入った時には既に窓枠に腰掛けていた少年を、普通の少年とも思えない。

だって、ここは二階だ。

しかも下から足場になる場所なんてどこにもない。

どうやって下から登って来たのかを問いたいところだが、言ったところで疲労感が増すだけな気がしたので止めておいた。



「まあとにかく、僕は君を不幸にしますので。どうぞよろしく。」

「うわああ全力でよろしくしたくない…!」

何なんだこの子。

見た目はこんなにふわふわしていて愛らしいのに、言うことが一々おかしい。

いやもうホント何なんだ。電波拾っちゃってる系の少年なのか。

その前に不法侵入で訴えるべきなのか。

はたまた病院を紹介して脳の検査をオススメするべきなのか。



「…えーと、」

「はい?」

「…なんでオレ、君に不幸にされそうなの?」

何となく、子供をあやすような口調になってしまう。

だって自分よりも小柄な少年に強い口調で言ってみろ。

それこそ年下をいじめて満足している、間違った高校デビューをした少年のようにしか見えない。


それに少年は、ああ、と呟くと、ポケットの中から何かを取り出した。

「これ、」

「え?」

「さっき君、これに触ったでしょう。」

「あ、ああ…。何かなーと思って…。」

少年の手の上に乗っているのは、薄い青色のビー玉。らしきもの。

先ほど学校の帰り道、道路に落ちていたそれ。

太陽にきらりと反射して、思わず拾って見てしまったのだ。


「え、でも、あれはその場に置いてきたし…。」

「あ、それ、今君の体内にありますよ。」

「うそおおおぉおおお!?」

え、うっそ、あんなの体の中に入ったらどう考えても異物じゃん。

大丈夫なの?死ぬの?オレ死ぬの?



「死にませんよ。体に一切害はありませんから。」

「…読心術でも?」

「ま、似たようなもんですね。」

さらにととんでもないことを呟いたかと思うと、まあ、と少年は呟いた。



「誰でもよかったので適当に地上に投げたんです。そうしたら君が拾ったので、君に決定です。」

「不幸にするのが?」

「不幸にするのが。」

こくりと水色の髪の少年は頷くと、あ、と呟いて続けた。


「でも、本気で不幸にはしないので。」

「え?なんで?」

いや、不幸にされたいわけでもないんだけど。

でも、こう、悪魔っていうと思いっきり人を貶めるイメージがあったから。


「だって君を思いっきり不幸にしたら、なんかこう、昇格して立派なのになっちゃうわけですよ。」

「随分曖昧っスね。」

「で、正直、いいポストについて役目とか仕事とか増えるの面倒で。」

「なんて適当な!」

「だからとりあえず、チェックが入っても大丈夫な程度に君を不幸にしますんで。」

「…ああ、そう…。」

まあ正直、君の魂頂きますだとか言われても困るので、幸いっちゃ幸いだろうか。


それでも、地獄に仏。自室に悪魔。

どちらがいいかと言われれば、どちらだろうか。

そんなくだらないことを考えるくらいには、黄瀬の脳内状況は決して正常ではなかった。




「ちなみに、これが体内に入った人と、その対の所有者、一定距離以上離れられませんので。」

「………え。」

これ、と少年が持ち上げたものは、おそらく自分の体内に入っているらしいものの片割れ。

きらりと光るビー玉らしきものが、忌々しい首輪のように見える。


「おまけにこれ、期間がよくわからないんですよ。」

「え、コレ、期間なんてあんの。」

「ありますよ。終われば離れられるんですけど、」

けど、と言葉を切ると、少年は表情一つ変えずに言った。


「明日切れるか一週間後か一ヶ月後か一年後かはたまた何十年後か死ぬまでか、わからないんですよ。」

「うそ!?」

「上の人たちがその時の気分で決めるとか、ダーツで決めるとか、ルーレットで決めるとか色々言われていますが。」

本当のところ、よくわかりません。

そんな風に続けると、少年はぽんぽんと手の中の水色の玉を投げて遊んでいる。

かと思いきや、かんと床に落として、ころころと転がしていた。

手先は決して器用ではないらしい。


そんな少年を見つつ、言われたオレとしては、全力で現実逃避したい。


一周間、いや、一ヶ月くらいならなんとか譲歩してもいい。

でも何十年って、一生って、ちょっと。


「てかそんな重要なものなら、投げて拾った人が、なんて簡単な決め方でいいんスか?」

「ええまあ、普通の悪魔は慎重に選びますよ。」

「だよね!普通そうだよね!」

「でも面倒だったんです。」

「うわああこの子普通じゃなかったいいよこんなとこで個性出さなくても…!」

最近の平均化されていく社会への反抗心なの。

いいよ、それは学校で教師にでもやってくれればいい。

だから、ちょっと、ねえ。





それでも、くるりと一周回って手を差し出してきた少年は、とても悪魔には見えない。



「さて、改めまして、黒子テツヤと言います。どうぞ、不幸にさせてください。」

「…どうも、黄瀬涼太っス。出来れば幸せにしてほしいスね。」





水色の靡いた髪がまるで天使のようだったなんて、

髪と対の色をした眸に、うっかり言葉を失ってしまっただなんて、

そのせいで追い出すタイミングを逃してしまっただなんて、

本人には黙っておこうと思う。






そういえば、彼はどこで寝泊まりするのだろう。

そんなことを考えていれば、ここに住みます、と言われた。


人の頭の中を覗くのはやめてくれと言うべきだろうか。






ひとりとひとりの同居生活。

不幸にされそうになりながら、これにてスタートです。





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悪魔黒子っちとド人間黄瀬さん。

昇格するのが面倒なのでぬるいことしかやりたくない黒子さん。