「君のことが好きになったので、君も僕を好きになってください。」









目の前で仁王立ちをしてそうオレに告げた少年。


えーと、うん、あれ、これって告白、なのだろうか。

告白ってもっとこう、照れとか恥じらいとか期待とか不安とかが入り混じったようなそんな、そんなものだった気がする。

オレの生きてきた人生の中、告白をされたことは数多だが、こんな風に言われたことはなかった。



結果、上手く返事なんか返せるわけがなかった。









「…………え?」












   宣戦布告












黒子は高校の昼休み、廊下をぺたぺたと小走りで進んでいた。

そこで探し人を見つけると、ひらひらと軽く手を振って駆け寄る。



「青峰くん。」

「お?」

「聞いて下さい。」

「聞いてる聞いてる。」

言えば、満足そうにしている黒子の髪を青峰は撫でた。

好き勝手に跳ねている水色の髪は、わりと触り心地が良い。




「告白をして参りました。」

「え。」

「そして逃げてきました。」

「…は?」

「すれ違いざまにうっかり腿に膝を入れてしまいましたが。」

「おま、え、ちょ、色々と何してんの!?」

「わざとじゃないんです。」

「わざとでたまるか。」

青峰はがしがしと自らの頭をかくと、頭一つ分身長のちがう黒子を見下ろした。


黒子から見たら自分は上から見下ろしているわけだから随分と威圧的に映るのだろうが、こいつはどういうわけだか全く気にしないらしい。

しかしそんなどこか大物を感じさせる性格も気に入ってもいるため、特に問題はない。





「…で、相手は?」


これだけ告白したと堂々と自分に行って来たのだ。

名前を聞くことくらいは許されるであろう。

そう思っていれば、黒子は頬を掻いて、驚かないでくださいね、と言った。



「もうお前に関しては何やったって大抵は驚かねえよ。」

「黄瀬君です。」

「は?」

「だから、黄瀬君です。」

「………え、え、ちょ、待て、テツ、え、」

こちらが動揺を隠せずにいれば、驚かないって言ったじゃないですか、と黒子は言う。



いやいや驚くに決まってんだろ。

なんでよりにもよって、




「なんで黄瀬だよ…!」

「気に入りました。」

「簡単だなおい!」


いやそれでも、正直一瞬だけホッとしたことは事実だ。

だって、女の腿に膝を入れる男ってどうだよ。しかも告白してから。


そう考えれば、うんまあアイツで良かったかもしれない、と少しだけ思えた。

しかしこれは全て混乱している脳で考えた結果なので、恐らく普通ではない。





「…ってかテツ、あいつと知り合いだっけ?」

訝しげに青峰が聞けば、いいえ、と黒子は簡単に答えて続けた。


「向こうは僕を今日初めて見たでしょうね。」

「…だよなあ。」

「でも、僕は前から知っていたので。」


何でもないことのようにケロリと言う黒子に、青峰は特に何も言う気はない。

というかむしろ何を言ったら良いのかわからない。

強いて言うのなら、どうしてこの親友はこうも毎回毎回予想外の行動を取ってくれるのか。



「…で、逃げて来たってのは?」

「僕、恥ずかしがり屋なもので。返事を聞く前に逃げて来てしまったんです。」

「いやいやすっげえ分かりやすい嘘つくなよ。」

「そんな嘘だなんて決めつけてひどいじゃないですか。」

「じゃあ本当か?」

「嘘ですが。」

それはもう適当に交わされる会話に、青峰は慣れっこだ。

そうだろうなあとひとり言のように呟いて、うんうんと頷いた。



「大方、お前の好きなパンの在庫が心配だったんだろ。」

「早くしないと売り切れちゃうもので。」

「じゃあ買ってから行きゃよかったろ。」

「でもそっちも売り切れちゃうと困るもので。」

その結果ああいう行動を取る羽目になりました。

という黒子に、青峰は、ああそう、と返すかなかった。





昼食と告白を天秤に書けた結果、最初は後者が勝った。

それでも最終的には前者が勝った。


それだけのことだ。

うん。それだけのことだ。そのはずだ。





そんな風に考えていれば、黒子は、それでですね、と話を続けた。

「まあ腿に膝を入れてしまったのは一応多分恐らく故意ではないと思われるのですが、」

「不安すぎるなその言い方。」

「彼から返事をもらうまで、しばらく彼を見つけたら話しかけに行こうと思います。」

小さな手の人差し指を立てて、黒子はそう言った。

少しだけ弧を描いた口から告げられたその言葉は、多分、宣誓に近いのだと思う。




(何の宣誓って、そんなことは簡単だ、)






「おお、行って来い行って来い。」

「任せてください。」



ぺろりと舌で唇を舐めた黒子の眸は、既にオレではなく、標的の居る方向を向いていた。








(絶対に落とす、という、既に決めた未来を実現することだ)











+++










その日の放課後、青峰と歩いていた黒子は、パッと顔を上げた。





「あ、黄瀬君。」

「あ?」


人ごみの中に居た、明るい黄色の髪。

黒子はそれを見つけると、小さく声を上げた。



そしてこちらを見ると、青峰君、と名を呼ばれた。

「それじゃあ僕、さっそくちょっと行って来ますね。」

「おーおー、行って来い行って来い。」




手を振って見送れば、てけてけと駆けて行った姿が見える。

あの二人が何を話すのか予測もつかなければ、つい先ほど告白をした相手に何と話しかけるのかはよくわからない。

それでもまあいいかと思う。

自分には関係のないことだ。






「火神にも報告しといてやろう。」




惜しくも今日という面白い日に学校を休んだ友人にメールを送るべく携帯を開く。

メールを作成しながら、このメールを見た火神の表情を思い浮かべてはくつりと笑う。







ああ、明日からまた面白くなりそうだ。








+++


間違った方向へ突き進む。