「黒子っち、愛してるよ。」

ふわ、と、黄瀬は10人中12人が見惚れるような笑顔で言った。


だけれどその12人のうちにはどうも含まれなかったらしい少年は、そうですか、とそっけなく言い放つ。

果たしてこの人は、この場所が人が大量にいる昼休みの教室という事実を知っているのだろうか。




「ちえ、毎回毎回つれないっスね。」

「黄瀬君こそ、よく毎回毎回飽きませんね。」

はあ、と大げさにため息をひとつついてやれば、それすらも何がいいのか、可愛い可愛いと言ってくる。


「僕女性じゃないんで、可愛いって言われても嬉しくないです。」

むしろ童顔なの気にしてるんで、コンプレックス抉らないでください。


そう黒子が続ければ、いいじゃないスか。と返される。

うん、この人は日本語の意味をきっと分かっていない。





「……黄瀬君。」

「はいっス!」

名前を呼べば、黄瀬は敬礼のように右手を額の前につける。

それに、にこ、と黒子は笑うと、笑顔で廊下を指差した。




「本が読めないので、とっとと自分の教室に帰ってください。」







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「テツ。」

「青峰くん。」

どうしたんですか、と黒子は自分の机の横で項垂れている黄瀬を視界に入れないようにして聞く。

黒子はこのクラス。黄瀬と青峰は隣のクラスだ。

わざわざ何しに来たのかと問えば、んー、と青峰は唸った。



「…いや、なんとなく…。」

「……そうですか。」

そこの席、座っちゃえばどうですか、と、黒子は自分の隣の席を指差した。

その席の住人は健全な男子中学生らしく、グラウンドへサッカーボールを持って遊びに行っている。

おそらく昼休み終了のチャイムが鳴るまで帰ってこないだろう。




「ちょ、黒子っちオレのときと対応違うじゃないスか!オレには席なんて勧めてくれなかった!」

「ああ、すみません、黄瀬君は床と仲良くなりたそうだったので。」

「何でそうなるんスか!むしろオレは床じゃなくて黒子っちと仲良しこよしランデブーな関係になりたいっス!」

「あ、青峰君、そのお菓子なんですか?」

「今度はナチュラルスルー!?」

がくん、と頭を下げて、いじいじしている黄瀬を放って、黒子は青峰の手の中にある袋を見た。

自分の勘が間違っていなければ、おそらくチョコレートだ。



そんな黒子と黄瀬の会話をまたかという感じで見守っていた青峰は、黒子の質問に、ふは、と笑った。

黄瀬は放置でいいのかよ、とひとり言のように言うと、続けた。

「さすが。甘いものには目ざといな、テツ。」

「やっぱり甘いものなんですか。」

ひとつください、と黒子が文庫本を持っていた手を片方外して青峰に向けた。

青峰はその手に個別包装されたチョコレートを、ころん、とひとつ落としてやる。



「今食べていいですか?」

「好きにしろ。」

言葉はそっけないが、青峰が黒子を見守る目はただ優しい。

で、もちろんそんな様子を黄瀬が大人しく見守るはずもなく。


「青峰っちずるいっス!オレも黒子っちとそんなやりとりしたい!」

「すればいいじゃねーか。」

「黒子っちがしてくれない!」

「…いやソレはオレに言うよりもテツ本人に言えよ…。」

横でチョコを口に入れている黒子にちらりと目をやりながら青峰は言う。

どうも黒子はそのチョコを気に入ったらしい。目が輝いている。



黒子がこくん、とチョコを飲み込むと、黄瀬がなにやら聞き取れない声で叫んだ。

「ちょぉおお黒子っち可愛いっス!ホントはそんな顔俺の前でだけしてほしいっスけど!」

そんな黄瀬のあまりに大きなひとり言は見て見ぬフリで、黒子は青峰をじいと見た。


そんな黒子にやっぱり青峰は笑うと、チョコを袋から出して、個別包装も解いて、そのまま黒子に向けた。

黒子はそのままはぐりとチョコを口に入れると、口のなかで転がしている。

噛むのがもったいないらしい。


「あ、コレは苺チョコですね。」

「うまいだろ?」

「おいしいです。」

少しだけ黒子が微笑むと同時に、黄瀬は叫びながら教室を出た。

黒子っちの浮気者ぉおおお、とわけのわからない声がこだまする。

もちろん黒子と黄瀬は付き合ってなどいないのだから、浮気以前の問題なのだが。








「……テツ。」

「黄瀬君、可愛いでしょう。」

呆れたように青峰が黒子に声をかければ、返ってくるのはそんな言葉。

いやいやいや、と青峰は心の中で首を振った。



そうしてひとつ息を吸うと、黒子に向き直った。

「…お前、黄瀬のこと嫌いじゃねえよな?」




そうして聞けば、普段表情の分かりにくい黒子は、これでもかというほど綺麗に笑って言った。


「僕は黄瀬君を、だれよりも愛していますよ。」





だからこそ、わざと突き離して。

だからこそ、彼のあんな表情を見たくて。


だからこそ、自分が彼に想われているのだと確認したくて。





「愛していますよ。」



自分に言い聞かせるように、黒子はもう一度呟いた。











しているからこそのあいじょうの裏表なわけで、

それくらい読みとってほしいのです



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楽しい日常過去の記憶。