休み時間に携帯をちらりと覗くと、1件の受信メール。 内容は簡単。 今日、会いに来るそうだ。 Call me! 「あれ、めずらしい。」 「火神くん。」 何がですか、と問えば、それ、と指差される。 「お前が休み時間に携帯いじってんのって、あんま見ねーなーと。」 「…ああ、そういえばそうですね。」 かこかことメールの返信を打つ。 そんな様子を見て火神は、誰、と好奇心で聞いた。 「想像付きませんか。」 「予想ならばっちりついてる。」 「じゃ、多分合ってますよ。」 黒子は、ふう、と息を吐くと同時に、携帯をぱこんと閉じた。 「黄色いヤツだろ。」 「ええ、黄色い巨大なわんこです。」 「ついでにモデルとかやっちゃって。」 「ピアスまであけちゃってる。」 本人の名前は濁して、二人で答え合わせ。 名前を出さなくても容易に誰だかがわかるあたり、何とも言えない。 「で、何だって?」 「今日迎えに来るそうです。」 「ああ、今日部活停止だから。」 「そういうことです。」 彼にそのことを言ったのが間違いだった。と黒子は盛大にため息を吐いた。 はは、と火神笑うと、あれ、と呟いた。 「向こうは部活じゃねえの?」 「あっちはあっちで、テスト期間で停止らしいですよ。」 「……え、あいつ、勉強しないでなんとなかる頭だったんだ…。」 「出来るわけじゃありませんが、火神くんよかマシですよ。」 あ、オレと比べるんだ、と火神が思っていれば、黒子はやっぱりため息を吐いた。 ああもう、放課後が憂鬱でたまらない。 +++ 時間というものは無情だ。 来てほしくない時間ほど、案外それまでの時間というものは簡単に経ってしまうものである。 帰りのHRがあと5時間くらい続いてくれないものか、黒子はそんな無茶なことを考えた。 それでも彼は帰らないで、きっと黒子の来るのを、まるで忠犬の様に待っていることであろう。 その様子が簡単に想像ができたのに嫌気がさして、窓の外を眺めた。 黒子がぼうっとしている間に大した内容もなかったHRも終わり、皆それぞれ帰路につく。 よし、と覚悟を決めると、カバンを持ち上げて肩にかけた。 なんか重い、と黒子はカバンを見ながら思えば、そういえば今日は辞書が入っていた。 ああ、今日は災難が続く日なのかもしれない。 「じゃな、黒子。」 わし、と軽く黒子の髪を撫でると、ひらひらと火神は手を振って先に教室を出た。 「…さよーなら…。」 乱れた髪を整えて、黒子はもう姿の見えない火神に返した。 とたとたと廊下を歩いて階段を下りて靴を履き替えて門へ向かう。 普段の行動よりもおそらく5倍くらいの時間はかかっている。 わざとじゃない。ちょっと億劫なだけで。 そうして門につくと、黒子は目を伏せたくなった。 門を背にして立っていた、黒子と火神いわく黄色いわんこは、色めき立つ女の子に囲まれていた。 ああもう、だから嫌なんです。 黄瀬は女の子にされるがままで、一緒に写真を撮ったり握手したりしている。 分かってる。 彼はモデルで。 そんな彼を女の子が放っておくわけがなくて。 でもそんな女の子を無下にするわけにいかず、すべてのリクエストに順に答えていて、 それで、僕は、そんな彼が、 いつもならある程度女の子が散ってから黄瀬のところまで行くのだが、今日はなんだか、それができない。 つかつかと女の子たちに囲まれている彼の元まで行くと、彼はようやっと気づいたように目を黒子に向けた。 「くろ、」 「りょうた、帰りますよ。」 それだけ言うと、むんず、と彼の袖を掴み、そのまま歩く。 置いて行かれた女の子は、ぽかんとしてその様子を見ているしかない。 すみません、と心の中でひとつ謝って、黒子はそのまま道を進んだ。 +++ 「え、ちょ、黒子っち…!」 「なんですか黙ってください。」 「いやいやいや黙ってらんないっスよ!…その、さっき、あの、オレの名前…。」 「聞き間違いじゃないですか黄瀬君は幻聴がよく聴こえるようですから。」 幻聴でたまるか!と黄瀬は心の中で叫びたい気分だ。 まさかの初名前呼び。しかもなんかしれっと終わった。 「………黒子っち、もしかして、」 嫉妬?と続けて黄瀬が言えば、馬鹿じゃないですかと即答される。 「大体君が女の子に囲まれてにやけてるのが悪いんですよ。へらへらへらへら。」 握手ならまだいいものの、腕を取られて抱きつかれて、それでもやっぱり笑ってて。 女の子の中には名前で呼んでる子までいて。 まったく。聞いてるんですか。 苛立った風に黒子が続ければ、それは何処から聞いても嫉妬以外の何にも聴こえないわけで。 それは黄瀬を浮足立たせるには十分なわけで。 「……く、」 「…く?」 「黒子っちかっわいー!」 「はぁあ!?」 後ろからいきなり黄瀬に抱きつかれて、珍しく黒子が大きめの声を上げる。 「ちょ、離してください!ここ道路ですよ!」 道行く女子高生がきゃっきゃ言いながら携帯のカメラを準備しているのがわかる。 全力でご遠慮願いたい。 「黄瀬君!」 「やだっス!」 ああもういやだこの駄犬! 黒子はそんな風に思うと、肩にかけていたカバンを降ろし、ぶん、と一周振った。 それは遠心力のおかげで力を増し、黒子の頭上を通り越し、黄瀬の商売道具の顔をも通り越し、そして、 がこ、と本来人体から発せられるべきではない音が黄瀬の後頭部から鳴る。 そういえば今日は辞書が入っていた。電子ではない、無駄に厚いほうの。 「…っぅ――――…。」 「痛いんなら離してください。もう一回やりますよ。」 これ以上馬鹿になったらどうするんです、責任は一切取りませんが。 黒子は後ろを振り向くこともせずに黄瀬に言う。 黄瀬は片手を後頭部にあてているものの、もう片方の手は黒子に回っている。 痛みで余計な力が入っているのか、黒子が2本の腕を使っても、黄瀬の1本の腕の拘束を解くことができない。 それでもさすがにもう一度アレを受けたらやばいと思ったのか、黄瀬はしぶしぶ腕を解いた。 せめて、と黒子と手を繋ごうと手を伸ばせば、その手もべしりとはたかれる。 「ここは、外、なんですよ。自重してください。」 「………す、すみませんっス…。」 行きますよ、と穏やかに言って歩き出す黒子の黒子の後ろには、なんだかドス黒いオーラが見える。 うっかりそれを感じ取ってしまった黄瀬は、うう、と泣きながら黒子の横について歩き出した。 黒子はそっと、隣でショボくれている黄瀬を横目で見た。 ああ、本当に面白い。 ま、これくらい、これくらいなら、いいでしょう。 最大に譲歩して、黒子はそっと、黄瀬の制服の裾を掴んで歩き出した。 自分に集まる女の子を無下にすることなく笑って対応する、そんな彼が自分は好きなのだ。 少しくらいなら許してあげますが、今度からは10分以内にしてくださいね。 本でも読んで、そっと君を待っていますから。 +++ ただし10分経ったら容赦なくおいていく。