「…ねえ、青峰っち。」 「…あー?」 「こういうのって、普通、オレと黒子っちじゃないっスかね。」 「オレに言うな。オレだってテツのがよかった。」 よよよ、と泣き崩れたのは、黄色い髪を持つ男。ではなく、青い髪の男。 そしてそんな男を冷ややかな目で見降ろしたのは、青い目の男。でもなく、黄色い目の男。 つまりは、 「どうせなら黒子っちと入れ替わりしたかったぁあー!」 「まずは入れ替わってる所で同様しろこんの底なし能天気がぁあぁああ!」 ちぇんじ! 入れ替わりの方法はいたって単純明快。 王道中の王道とでも言うのであろうか。 廊下を歩いていた青峰の額に、青峰を見つけて走り寄って来て何もないところで見事にすっ転んだ黄瀬の額が激突。 そして異変に気付いた青峰が黄瀬の襟首を引っ掴んで、立ち入り禁止のくせに鍵はかかっていない屋上へ。 気づいた時にはこうである。 「めんどくせえから赤司たちに話に行くかー。」 「いや待って青峰っち!」 「あ?」 「やっぱりここは王道ならとことん王道に、お互い周りにばれないように振舞うのがいいと思うっス。」 目の前の自分の顔がいやにキラッキラした顔で話しかけてくるのを、青峰はつい心底嫌そうな目で見つめた。 あれ、オレ普段こんなにバカっぽいツラしてたっけ。 いや、そんなはずはない。 中身が変わってるからであって、中身がバカの代名詞のこいつだからであって。 オレがバカなわけではない。はず。うん。 …そのはず。 「……なんでそんなめんどくせえことやんなきゃなんねえんだよ。」 青峰は考えても仕方のない思考を捨てた。 「やっぱり周りをこんな面倒事に巻きこんで混乱させるのは良くないと思うっス。」 「本音は?」 「黒子っちがオレをどう思ってるか聞いてみたい!」 「よっしバラすぞー。」 「あぁあああごめんなさいつい本音がぁああ!」 黄瀬は待って待ってと青峰の服を遠慮なく鷲掴みにすると、次第に泣きそうな顔になった。 それを見た青峰は、それはもう驚くほどに焦った。 なんたって、自分の顔が泣きそうな顔をしているのだから。 「ちょ、泣くな、泣くな黄瀬!元の体に戻ってから泣け!」 「うー…。」 「頼むからオレの体で泣くな!ぁあああわかったから!お前の希望通りにしてやるから!」 「ホント!?」 「え。」 途端にキラキラと笑顔を振りまく、外見自分の中身バカ。 青峰はそれを見て、ああ騙された、と瞬時に確信した。 そうだ。中身がどんなにアホだろうとこいつの副職を忘れてはいけなかった。 日々女の子たちから黄色い声を浴びる、自分は出来るだけ疎遠でいたい職業。 「…はあー…。」 「あ、青峰っち予鈴鳴っちゃったっスよ!教室戻ろう!」 「お?おー…。」 青峰は今の自分の状況を思い返しては痛む額を抑えた。 その時、手に黄色の髪が触れて、なんだか不思議な感じがした。 「青峰っち、オレの体で変なことしないでねー。」 「安心しろ。ずっと寝ててやる。」 「やめてオレのイメージが崩れるっス!」 「大丈夫だ。崩れるんじゃなく現実を見るだけだから。」 しらっと青峰が言えば、気をつけて欲しいっス!と黄瀬に叫ばれた。 「うっせー。女共の扱いなんぞオレは知らん。」 「とりあえず笑顔!」 「無理。」 「即答!?」 本当に、本当に気をつけて欲しいっス!と黄瀬が叫べば、青峰は肯定とも否定とも付かない声を上げた。 クラスが違うのは、逆に好都合である。 +++ おお、ここが青峰っちのクラス。 黒子っちのいるクラス! 黄瀬はそんなことを考えては、青峰のクラスに足を踏み入れた。 青峰と黒子がクラスが同じだが、黄瀬は別のクラスなのだ。 きょろり、と水色の髪を持つ彼を探す。 そうすれば、窓際の席で、授業開始ギリギリまで本を読もうとしている黒子の姿があった。 「くーろ………、て、て、て、テツ…?」 うっかりいつもの調子で呼びそうになって、慌てて呼び直す。 自分で呼んでおいてなんだが、うっかり照れてしまう。 「青峰君。」 どこ行ってたんですか、と黒子は(外見)青峰(中身黄瀬)に話しかけた。 「君が居ないから、お弁当、全部自分で食べなきゃいけなかったんですよ。」 「あ、あー…悪ィ…。」 あれ、青峰っち、普段どんな喋り方してたっけ。 それよりも青峰っち、普段黒子っちとお昼食べてるんだ。いいな。 基本昼食は教室で食べなきゃいけないから、クラス違うと一緒に食べられないもんね。 そんなことを考えていれば、しばらく無言だった見た目青峰を不審に思ったのか、黒子に顔を覗きこまれた。 「…青峰君?」 「っうわ、なななな、に、なん、だ?」 「…具合が悪いのなら、保健室へ。」 「あ、だ、大丈夫、…だ。」 語尾に気をつけないと、なんて思っていても、癖を抜かすのは中々難しい。 今こそ自分のコピー能力の発揮する場所だ!なんてわけのわからないことを考えて、黄瀬は黒子を見つめた。 「……なら、結構です。」 「あ、じゃ、じゃあ席戻るな!」 「はあ…。」 何しに来たんですか、という黒子の声が聞こえたが、それに構っていられなかった。 いつボロが出てもおかしくなかったからだ。 ごめんなさい。オレの能力はそんなに使い勝手の良いものではありませんでした。 黄瀬は誰にしているのかわからない謝罪をすると、青峰のカバンが掛けてある席を見つけ、そこに伏せった。 ごめん青峰っち。 本当は普段寝ている青峰っちの為に、ちょっとだけ真面目に授業受けてノート取っておこうかななんて思ったんだ。 だけどこう、このまま起きていたらボロが出るのなんてわかりきっているので、寝ます。 オレ、寝付きも良いし、一度寝たら中々起きないから、多分次に起きたら部活です。 成績は諦めて欲しいっス。 +++ もふもふと髪を触られる感覚がする。 そして、頭の上から自分の名ではない名を呼ぶ声がした。 「っく、くろ…!」 「くろ?」 「……………いや、オレ、また黒くなったかなー…なんて。」 「……それ以上黒くなったら、夜道歩かないでくださいね。」 怖いですから、と言うと、黒子はひょいと荷物を差し出してきた。青峰のものだ。 「部活、行きましょう。」 「あ、う…おお…。」 うっかり、うん、と言いそうになって言葉を直す。 意識しているときはまだしも、ふいにとなると、やはり危ない。 これは思ったよりも厄介かもしれない。 せめて似たような口調の人間と入れ替わったのならば楽だったろうに。 「……行かないんですか?」 「あ、今行く…!」 気がつけば、黒子は教室を出て行こうと、ドアに手をかけていた。 それに駆け寄り、目線を下げれば、ふわふわと揺れる水色の髪が目に入る。 青峰はいつも、この髪に触れて、撫でて、とても愛おしそうな目で見ていた。 「…青峰君?」 「…やらか…。」 気がつけば、普段の自分の手とは違う、褐色の手が、目の前の水色を撫でていた。 思わず漏れた声に、そうですかね、と黒子は呟くと、自らの前髪を摘み上げて眺めた。 その動作がなんだかとても可愛らしくて、思わず顔がほころんだのを自覚する。 そのままふわふわと撫でていれば、されるがままになっていた黒子は、ぐり、と頭を手に押し付けた。 自分を見ていた視線は、今は足元に落ちていた。 この仕草、見たことがある。 以前青峰が黒子の髪を撫でていた時も、黒子はこうして手に頭を擦り付けていた。 そして青峰は、当然のようにその髪をさらに撫ぜたのだ。 ああ、普段の自分の前では、こんなこと、絶対にしないのに。 ちくりと痛んだ胸は知らないフリをして、しばらく柔らかい髪を撫でていた。 +++ 更衣室につけば、(外見黄瀬中身)青峰が、黄瀬の鞄の中からバッシュを出して履いていた。 なんだか見慣れない光景に、(外見青峰中身)黄瀬は駆け寄った。 「…青峰っち、オレの体で変なことしてないっスよね。」 「大丈夫だ。オレの中での普通なことをやっただけだ。」 「ヤダこの人信用出来ない…!」 こそこそと話す二人を見て、黒子は、仲が良いですねえ、と微笑ましげに言った。 オレとしては、黒子っちともっと仲良くなりたいんスけどね! 黄瀬は心の中で叫ぶと、そうだな、と青峰の顔でぎこちなく笑った。 先に行ってますね、と着替え終わった黒子がさっさと出て行けば、更衣室に残されたのは、当事者二人。 「……青峰っち。正直オレ、部活中まで青峰っちのフリできる気がしないっス。」 「んだよ。お前がバラさないって言うからこうして隠してんのに。」 「部活までは色々無茶なんスよ!」 これだけの長時間、しかもゲームの最中とか、絶対語尾も言葉も間違える。 それに悔しいから言ってやらないが、自分では、黒子とあそこまでのプレーをすることは不可能だろう。 そんな黄瀬の言葉に青峰は何となく考えると、よし、と頷いて人差し指を立てた。 「…じゃあ、今日はロードワークにすっか。」 「赤司っちになんて言うんスか。」 「突き指した。」 「二人揃ってっスか。」 「じゃあお前は顔面強打で。」 「突き指にさせていただきます!」 はいもう喜んで!と黄瀬が叫べば、うるせえ、と青峰は自らの耳を塞いだ。 普段ならば顔面を殴られるところだが、さすがに自分の顔を殴るのは気が引けるのだろう。 「でも何して突き指したってことにするんスか?」 「ああ、理由なんざなんだっていんだよ。」 「え?」 なんでっスか、と黄瀬が聞けば、決まってんだろ、と青峰は、黄瀬の顔を歪ませて呟いた。 そう、決まっているのだ。 「あいつには変な小細工しようと、どうせすぐにバレる。」 「え。」 「…だから、まあ、二人で行きゃあ何となく事情察してくれんだろ…。」 「……赤司っち、ホントに人間っスか…。」 遠い目をして言う青峰に、黄瀬も同じような目をして言葉を返した。 察してくれたとして、ロードワークが減ってくれるかと言えばそうではないことぐらい二人とも知っていた。 +++ 無駄に笑顔で増やされたロードワークとハンドリングを終わらせて、二人でどうやって戻るかと体育館の片隅で唸っていれば、あれ、と声が掛けられた。 「青峰君、黄瀬君。」 「あ、テ……く、黒子、…っち…。」 青峰はうっかりいつも通りに呼ぼうとしてしまったものの、なんとか黄瀬の呼び方に変更した。 それを横で見ていた黄瀬は、少し困った顔で笑っていた。 さっきオレも間違えて言いそうになっちゃったんだよね、と。 「何をこそこそ話してるんですか?」 ことんと黒子が首を傾げれば、(外見黄瀬の)青峰は、その頭をぐりぐりと撫ぜた。 なんでもねえよ、と言いたかったが、言ったところで、普段の口調が出てしまいそうで止めた。 「……帰らないんですか?」 「あ、帰る帰る、ちょっと待ってて!」 と青峰の顔した黄瀬が部室へ走って行った。 口調を変えるのは忘れたのか諦めたのか。 残されたのは、黒子と、黄瀬の顔した青峰。 「………で、君は行かないんですか?青峰君?」 「あ、いや、今行こうと…………………いこう、と…。」 あれえ?と青峰は、黄色の前髪がぱさりと落ちたことも気にせずに、黒子の顔を覗きこんだ。 「…今、なんて?」 「もう一度言って差し上げましょうか?あーおーみーねーくーんー?」 一字ずつ区切るように言われてしまっても、え、としか青峰は返せない。 「え、おま、え、いつから?」 「はあ、まあ、恰好つけて言えば最初からですが。」 「最初から!?」 「ええ。青峰君、いえ、黄瀬君が教室で、昼休みに僕に話しかけてきたときから。」 その時からでしょう? と黒子が眉ひとつ動かさずに言えば、青峰が黄瀬の顔した自らの顔を手で覆った。 「ちょおアイツまじ何やってんの…。」 言いだしっぺがすぐに気付かれるとかバカじゃねえの。 つーかあいつの能力、もう能力とか言えねえよ。使えねえよ。 そんなことを思っては、青峰は頭を抱えてしゃがみ込んだ。 「……ま、確信を持ったのはついさっきですけどね。」 「え?」 「なんでもないですよ。」 早く着替えてきたらどうです、と何でもないことのようにして言う黒子を見て、青峰は、すげえな、と呟いた。 「……良く気づいたな。」 「まあ、そうですね。」 ふふ、と黒子は一度青峰に背を向けて空を仰ぐと、再び青峰に向き直って、自らの唇に指を当てた。 「僕の趣味、人間観察ですから。」 大したもんでしょう? それを聞いて、ふは、と可笑しそうに笑う君は、どうしたって青峰君で。 荷物を持って無邪気に駆け寄ってくるあの人は、どうしたって黄瀬君で。 僕の髪を無遠慮にがしがし掻き混ぜるのは、やっぱり青峰君で。 僕の髪を割れ物のようにそっと撫でるのは、やっぱり黄瀬君で。 それだから少しだけ、少しだけ僕は、 「さて、とりあえず黄瀬君は、その顔でヘタなことしないくださいね。気持ち悪いですから。」 「……え?」 「…テツにバレてたっけ。」 てへ、と擬音がつきそうな黄瀬の顔で青峰が言えば、青峰の褐色顔が、さあと青くなった。 「うっそおぉおおぉおおお!?」 「つかテツ、気持ち悪ィって、」 「事実ですよ。」 さ、明日は君たちはどうなっているんでしょうね。 もう完全に落ちてしまった日を見ると、黒子はそっと呟いた。 「…帰りましょうか。」 それだから僕は、少しだけ素直になってみたりしたのだけれど。 彼はきっと、気づいていないのだろうね。 (彼らの手を、僕が分からないはずがない。) +++ 結局戻ってないままですね。