「黄色いですね。」 「…え?」 屋上で寝転がっていたら、いきなり顔を覗きこまれて、告げられた言葉。 仰向けになったまま茫然としている黄瀬を見下ろすのは、水色の髪を持つ少年であった。 口から吐き出される息が白い。 ……誰だろう、この子。 はじめましての言葉は、 礼儀のカケラもなかったね。 「……え、と、誰?」 「君は黄瀬涼太君ですね。」 「…ああ、うん、まあ…。…アンタは?」 「今日は良いお天気ですね。」 あ、駄目だこの子。 会話が成立しない子だ。 黄瀬は早くもそう決めると、まあいいか、と一度起こしかけた上半身を再びコンクリートに落とした。 ここには二人しかいないのだから、話す分には通じるだろう。 「…オレのこと、注意しに来たんスか?」 「え?」 「いや、だって、今、授業中だし、」 「いいえ。というか、むしろ屋上には僕が先に居たんですよ。」 まあ、僕はさっきまで扉のある場所の上に居たんです。 ここからでは死角になっていましたから、分からなくても当然だったんですけどね。 少年はそう続けると、黄瀬の隣に、すとんと腰を落とした。 僕も寝転がって良いですか、と聞かれたものだから、どうぞ、と返すしかなかった。 二人でころりと寝転がる。 冷たいコンクリートは、背中から体温を奪おうとしているようだ。 「…ホント、今日は良い天気っスね。」 「でしょう?」 特に話す内容も見当たらず、沈黙が気まずくなって適当に話しかければ、少年は先程よりも声に抑揚を付けて返してくれた。 こんな日に授業をしているなんて、人間として、もったいないですよ、と。 そう言った少年は空を仰いで、それでも眩しそうに眼を細めた。 吐いている息は、やはりとても白い。 「…あのさ、さっき言ってた、黄色って、何?」 「ああ、そのまんまですよ。後ろ姿の君の髪が黄色だったので、眸の色を見てみたかったんです。」 「そうしたら?」 「黄色でした。」 ああ、でも、オレンジ色にも近いですね。 少年はそう言うと、珍しいですね、と続けた。 黄瀬からすれば、黄色と言うか、金色の髪なんて、今どき珍しくもなんともない。 撮影現場も街を歩く人々も、金色と茶色ばかりなのだから。 眸の色だって、今ではカラコンで紫になったり黒目がやたらと大きくなったりと様々だ。 むしろ、髪も眸も水色の人間の方が珍しいと思う。 「綺麗な色です。」 「……そ?」 初対面の人間であろうと相手が男であろうと、褒められて嬉しくないなんてことはない。 褒め言葉は素直に受取っておくべきだ。 少年は両手を擦り合わせると、その手に息を吐いた。 指先が少しだけ赤くなっていた。 「……天気は良くても、やっぱり寒いですね。」 「そうスね…。」 「…屋上にも自販機があればいいと思いません?」 「あ、オレも良く思う。」 「何で無いんでしょうね。」 「業者さんが荷物持ってここまで登ってくるの大変だからじゃないスかね?」 「ぜひ頑張ってもらいましょう。」 「うわあ運ばせる気だー。」 だって欲しいです、と続けた少年の視線は、変わらず空に向いていた。 今、雪が降っていなくて良かった。 黄瀬はふいにそんなことを思った。 だって、この子、雪に埋もれたら消えてしまいそうだ。 空気に融ける、とか、そういう幻想的なレベルの話ではなく。 なんというかこう、雪が降って降り積もって自分の体が覆われても埋まっても全く頓着しなさそうなのだ。 「…話、戻ってしまうんですけど、」 「え?」 「君の、その眸。本当に素敵ですね。」 「……あ、ありがとう…ッス。」 顔が格好いいだの身長が高いだのと褒め称えられたことはあっても、ここまで眸ついて言われるのは初めてで、なんだか気恥かしくなった。 かしかしと頭を掻けば、少年はそんな姿を微笑ましげに見ただけだった。 「いつでも、冬でも、暖かい景色が見られそうですね。」 太陽を透かして見たような、暖色系のセロファンを透かして見たような、 そんな色の世界が。 「なんて、素敵な色なんでしょう。」 羨ましいと言わんばかりに、それでも視線は空から外さないままに、少年は息を吐いた。 きっと暖かいであろうその息は、体外に出れば、ただ白くなるだけだ。 「…で、も、」 でも、と黄瀬は声を出した。 そして勢いを付けて上半身を起き上がらせると、未だに寝転んでいる少年の顔を上から見下ろした。 「アンタのその色だって、水色で、すっごく、綺麗だ。」 オレの色が太陽を透かしてるって言うんなら、アンタはまるで空色で。 同じように、自分たちの遥か頭上にある存在で。 「綺麗だと、オレは思う!」 語彙もなければ考えている時間もないから、こんな稚拙なことしか言えないけれど。 何でこんなにムキになっているのか、自分でも良くわからないけれど。 でも、素直に、綺麗だと思ったんだ。 「………ありがとう、ございます。」 少しだけ驚いたように返事を返した少年の顔は、黄瀬を我に戻らせるのに十分であった。 ああオレなに恥ずかしいこと言ってんの初対面の人間しかも男に超逃げてえです神様。 祈るように空を見上げれば、そこはやはり、隣に居る彼の色だった。 「…黄瀬君。」 「え?」 「何も考えないで、答えてくださいね。」 「ああ、うん。」 「海は、何色だと思いますか?」 「………青?」 海も空も青系だろう。 こんな何でもない質問に、なんでわざわざ前置きなんかしたんだ。 こんな何でもない質問に、なんでそんなにも、真剣な目でオレを見るんだ。 「……え、オレ、何か悪いこと言ったっスか?」 「いいえ。ありがとうございます。」 いいえ、なら、何でもないのなら、どうしてそんなにも、焦がれるように上ばかり見ているの。 「…海の青は、空の色が映ったんだって、絵本などで読んだことありませんか。」 「ああ、そういえば。」 「海が空に焦がれたから、海も空と同じ色になったんだ、って。」 あのようになりたいと、あのものに触れたいと。 (隣に並んでも、違和感のないようにと。) 「でも、僕らは、きっと、逆なんです。」 海の青が、空に映ったんです。 そんなことを言う少年は、誇らし気でもあり、満足気でもあり、また、どことなく、寂しげでもあった。 「こんな話を、知っていますか。」 海が、青い理由を。 そう続けた少年の言った話は、こんなところで聞くことがなければ、一生知るはずもなかった、勉強的なお話だった。 +++ 太陽の光は、白ではなく、本当は7色なのだそうだ。 赤・橙・黄・緑・青・藍・紫の、7つの色。 でも、それらの7色が海に入ると、そのうちの6色は消えてしまう。 だけれどそれ以外の1色は、他の何よりも強い。 何度壁にぶつかっても、何度でも跳ね返って進むような。 そんなただひとつの光だけが水中では消えず、海の奥深くまで行き届いて色を反射させ、海を染め上げる。 それは、青の、光だそうだ。 彼は、自分を空に当てはめると、その色は海の色が映ったのだと言った。 海の色が映ったから、海が青いから、自分もこの色なのだと。 (海が、じゃなく、海に、焦がれたのだと。) きっと、君の言った海の原理は正しいよ。 理科で科学で物理で生物で、どこのジャンルに入るのかは今一良くわからないけれど、きっと正しい。 白衣を着て白いひげを伸ばして実験をするような人たちからしたって、きっと正しいんだ。 けど、きっと、空は違う。 「違うよ。」 「え?」 海の原理をそう言うのなら、どうしてアンタは、空は違うと思ったんだ。 どうしてそんな、子供騙しなことを思ったんだよ。 「空だって、一番頑張って進んだのが、今の空の色なんだ。」 きっと、何色だってあったろう。 そんな色の名前も物質名も法則も何も知らないけれど。 でも、わかるよ。 「進みたいって、一番思った色が、アンタの色をしていたんだ。」 だから、アンタはその色を、誇りに思わなきゃいけないんだ。 その色は、アンタのオリジナルなんだ。 誰の色でもない。ただ、ただ、 「…ありがとうございます。」 起き上がって礼を言った彼の顔は、逆光で黒くなって見えなかったけれど。 それでも彼は、やっと空から視線を外すと、オレの顔を覗き込んで笑った。 君のその眸は、太陽そのものの色の様ですね、と。 学校の一番高い場所ではじめまして。 あの時の君は、名前すら名乗らなかったね。 後から聞いたら、不審者に名乗る名前は無かったそうで。 君らしいその返答を貰うまで、正直オレは、君を人ではないだと思っていたよ。 だって、どこの教室を探しても見当たらなかったからさ。 (空から降って来た使者か何かだと思っていたなんて内緒だ。) +++ 初邂逅のお話。 まだ黒子っちになる前の黒子さんです。 まだ黒子っちにオーバーフローになる前の黄瀬さんです。 イケメンが残念なイケメンになる前にお話です。