たまに、思い出したように甘えてくる。







不安解消法








今日は珍しく、黄瀬の部活と仕事、黒子の部活、すべてのオフが重なった日。

どこか行く?と誘った黄瀬の言葉に黒子は首を振って、2人でひたすら黄瀬の部屋でごろごろ。




黒子は座っている黄瀬の背中に腕をまわして、後ろから抱きついていた。

黄瀬が何か言っても、言葉にならない返事を返すだけ。


「…黒子っち?どうしたんスか?」

黄瀬から笑いを含んだ声で黒子に声がかけられる。

黄瀬のどうした、の言葉は、別に返答を求めて言ったわけではない。

それが分かっているから、黒子は何も言わないで、腕の力を少しだけ強めた。






ぐり、と黒子が黄瀬の背中に額を押しつければ、目の前の体は静かに笑うだけ。

いつもはあんなに騒がしいのに。


とく、とく、と心臓の音なのか血液の流れる音なのか、自分の頬に伝わる彼の音が心地よい。

暖かい。嬉しい。優しい。幸せ。

この世の中の素敵なことを形容する言葉が、今この時間すべてに凝縮されているような気さえする。




黒子が少しだけ背中から手を離して黄瀬を覗きこめば、どうしたの、と優しく髪を撫でられる。

その感触が気持ち良くて、黒子は、足を伸ばした状態で座っていた黄瀬の足に頭を乗せた。



「ん?」

そのまま黄瀬の腹に頬を寄せる。

さっきよりも距離が近くなったような気がして、少しだけ満足する。





「黒子っち?」

笑って呼びかけられるけれど、返答を期待していないことは分かったから、返事は返さない。

少し上を向けば、黄瀬が少しだけ笑う。

モデルの顔ではなく、プライベートの顔であるそれに、なんだか恥ずかしくなって、再び顔を黄瀬の服に押し付けた。







ぐりぐりと額を自分に押し付ける姿は、まるで猫みたいだ。

なんてことを黄瀬は思う。


普段は絶対に人に甘えたりなんかしない。

強がりで意地っ張りで、でも本当は誰よりも甘えたがりな恋人。


初めてこうしてひっついてきたときには何かあったのかと思って思い切り心配した。

だけれど、この行為自体は特に意味はなく、ただただ自分にくっついていたいのだと分かってからは、特に追求はしない。



数週間とか数ヶ月とか、周期があればわかりやすいんスけど。

なんてことを考えて黄瀬が笑えば、自分の膝の上から、空色の眸が見あげてくる。

なんでもないんスよ、と安心するように頬を撫でれば、再び同じ場所に顔を埋めた。




多分、黒子は人一倍感受性が強いのだと思う。

それでもそれを自分に言うことはない。

何に傷ついた。何に不安になった。何に泣きたくなった。

それをすべて言えばいいものの、全部全部自分の中にため込む。


そしてそれを発散できず、それを鎮めるために、こうして甘えにくるのかもしれない。




強くて弱くて優しくて寂しくて暖かくて冷たくて、そして儚いひと。

今この部屋の空気が少しでも動いたら、そんな彼は消えてしまうんじゃないだろうか。

ありえない発想なのに、なんだか目の前の彼を見ると、本当のことになりそうな気さえしてしまう。


彼の笑顔は、とても儚い。







「…きせ、くん。」

意識が別の場所へ言っていた黄瀬を、黒子の声が呼び覚ます。

それになんでもないような顔で返事を返せば、眠いです、と返ってきた。



「いっスよ、ここで寝ちゃって。」

寝たら布団まで連れてったげるから、と額に軽く口づけながら言えば、もう半分とじていた目が、完全に閉ざされる。

自分の足に乗せられた黒子の手が熱い。

普段は体温が低いのに、眠い時に暖かくなるなんて、子供みたいだ。




「おやすみ、黒子っち。」

その声はもう黒子に届くことはなくて。

それでも夢の中の彼に聴こえていればいいと思う。












君のことはオレが一番分かってる、だなんて、傲慢すぎて言えないけれど。


オレの傍が少しでも、君にとって優しい場所ならいいのに思っているよ。

暖かくて幸せな、そんな感情だけが生まれる場所ならと、いつも願うの。










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大人の男の人は、ちゃんと泣けているのか心配になる。