「黄瀬君って、可愛いですよねえ…。」

「………は?」





ああ、愛しいあの人はなんて、なんて、

なんてかわいいひと!




「……黒子、お前、今、なんて?」

「だから、黄瀬君って、可愛いですよね?」

「いや、オレに同意求めんな。困るから。すげー困るから。」

いやいやと火神が右手を顔の前で振れば、ね?と黒子が滅多にない笑顔で手を合わせて言った。

火神はそれに、そうスか、そうスね、としか返せない。

いやいやそれはねえだろ、なんて言おうものなら、チョークの粉だらけの黒板消しをこの黒い制服にぶん投げられてもおかしくはないからだ。



「だって黄瀬君って、」

「え、待って、ノロケ始まんの?いきなり?マジ勘弁。」

「前に僕が家に行った時に、」

「あっれ、オレの話無視?しかもなにお家デートの話聞かされんの?」

「もう、話の腰折らないでくださいよ。」

「それを言うならオレの話も無視しねえで欲しいかな。」

もう、と、黒子にしては珍しく可愛らしい声を上げると、少しだけ顔を歪めた。

火神はその顔に弱い。

というか黒子自体に弱い。

故に、はいはいどうぞ続けて、と促した。促すしかなかった。



ちなみに二人が居る場所は、いつもと何も変わらない教室。

そしていつもと変わらない周りからの生温かい視線に、火神は泣きたくなった。


このクラスでも、黒子に対する黄瀬の激愛っぷりは有名なのだ。

撮影の帰りだとかに教室の窓に向かって黄瀬がラブコールをしたりするもんだから、それはもう有名なのだ。


クラスの女子は、黄瀬を見て、黒子を見て、もう一度黄瀬を見て、周りの友人を見て、キャーと叫ぶ。

クラスの男子は、そんな黄瀬と黒子の被害を一身に受ける火神に、憐みの視線を向ける。




黄瀬が仕事帰りに、「黒子っち今度遊びに行こう!」と教室に向けて叫ぶのはいつものこと。

そして次の瞬間に、黒子からは「火神君も」と、黄瀬からは「火神っちも」と同時に叫ばれるのもいつものこと

それにお前らだけで行ってこいと言うと、途端に愚図りだしそうな二人に負けるのもいつものこと。


彼ら曰く、デートなら二人で行くらしい。

でも遊びなら、なぜか火神とも一緒に行きたいらしい。

本当によくわからない。わかる気もしない。わかりたくもない。



そんなことを思い返して頭を抑える火神とは対照的に、話を促された黒子はご満悦である。

「この間ですね、黄瀬君の家に行ったんです。」

「ああ。」

「それでですね、僕がお風呂を借りて入ったときなんですけど、」

「……。」

火神はこの際、何で風呂借りてんだ、とか、じゃあ泊ったのか、とかの質問は頭から排除した。



「僕がお風呂から出てきて部屋に行った時、黄瀬君、どうしてたと思います?」

「……………さあ…。」

どうも何も、正直知りたくない。

正直、色々と知りたくない。

火神が思っても、黒子はそんなこと気にしちゃいない。



「部屋に行ったらですね、ふわふわのクッション抱いて、ベッドに凭れかかって寝てたんですよー。」

ね、可愛いですよね。

僕、とりあえず写メを撮ったんです。ええ、数十枚ほど。

しかも声をかけても、よっぽど眠かったのか、僕の名前もまともに呼べてないんですよ。

黒子っち、って言おうとしていたのが、くぉこっち、って。

ろれつ回ってなくて、声も裏返っちゃって。

もう僕ムービー起動してましたけどね。

え、欲しいですか?あげませんよ。僕のですよ。

でも観たいですか?ね、観たいですか?


黒子は、まだ新しい綺麗な携帯を握りしめて火神に近づいた。

買ったばかりのそれは、画実も無駄に最新のものらしい。



火神は先ほどの黄瀬の話を、なんとなく黒子に置き換えた。

黄瀬のままで想像するのは、どうにも難しいからだ。

そうすると、なるほど、可愛い。

変な意味じゃなく、思わず髪を撫でまわしてプリンとパフェとジュースをあげたくなる可愛さだ。


しかしそんなことを思っている時間すら許されないようで、黒子はにじり寄ってくる。

しまいには火神の制服を穴が開くんじゃないかと思うほどの力で握りしめている。

人間の神経が着た洋服にまで通うように出来ていなくて心底良かったと思う。



でも火神としては、心底観たくない。見たくない。

黄瀬の可愛らしい姿を見るか2号とじゃれて引っ掻かれるかを二者択一で選べと言われたら、全力で後者を選ぶのだろう。

それくらいに観たくないものである。



「…火神君観たくないんですか?」

こんなに可愛いのに、と心なしか落ち込んで見える黒子に、火神は慌てた。

とにかく火神は黒子に弱い。



「……だってな黒子、考えてみろ?」

「?」

「もしそれをオレが観て、オレが黄瀬に惚れたらどうする?」

「え。」

いや万が一、億に一、兆に一、オレが黄瀬に惚れたとしても、あいつがオレに惚れることはないだろう。

あれだけ毎日毎日黒子っち好き好き大好き愛してる結婚して下さいと言ってるやつが他のヤツに靡くか。



「…火神君、黄瀬君をそんな目で…。」

「え。」

「正直火神君には勝てる気がしません。でも黄瀬君は渡しません!」

「待て黒子!例えだから!上のモノローグ読んで!オレの心の声聞いて!」

がたんと席を立って拳を握った黒子を止める術を火神は知らない。

勝負です、といきり立つ黒子はもうどうしようもない。



「…え、ちょ、くろ、ちょ、待て待て待て!大丈夫だ黄瀬はお前が大好きだから!」

「黄瀬君が僕を好きだなんて知ってますよ。」

「知ってるんだ!そりゃそうだよな!」

「でも火神君が黄瀬君を好きになる可能性は拭えません。」

「それこそないから大丈夫だってオレはあんなヤツ!」

「わかりませんよ黄瀬くん可愛いですから!」

「わかんねえのは黄瀬を可愛いって言うお前の感性だよ!」


いや、オレも黄瀬は好きだよ!

でもそういう意味じゃなくて!



「ホラ、火神君も黄瀬君を好きなんじゃないですか。」

「なんでこんなときばっかり中途半端にモノローグ読んでんの!?どうせなら最後まで読め!」

バカかお前!と叫ぼうとしたところで、あ、と黒子が声をあげた。


「え?」

「黄瀬君から電話です。」

黒子の携帯を覗けば、その画面の真ん中に、黄瀬君、と表示されれている。

恋人同士のわりに随分よそよそしく登録されてんなあなんてうっかり思ってしまう。


それを見て黒子は少しだけ笑うと、ピ、と通話ボタンを押して息を吸った。



そして一言。








「仕事しろ。」









ピ、と次の瞬間に押したのは、赤い電話の描かれたボタン。

つまりは通話終了ボタンである。






「……黒子、サン…?」

「何でしょう?」

「あの、それ、黄瀬からのラブコールじゃ…。」

「ああ、仕事の途中ですからね。今日、この時間帯は。」

あ、予定把握してるんだ、なんて思っても言わない。


先ほどまであれだけ、言葉にせずとも黄瀬を大好きだと、自分のものだと宣言しておいて。

あれだけオレに牽制しておいて。

それでも黄瀬本人には決してそうは言わない。



それが黒子テツヤという男だ。








「……黄瀬も、そういうお前がいいんだろうよ。」

「当たり前でしょう、僕らですからね。」


そう無表情で言った黒子は、それでもどこか誇らしげだった。





火神、お疲れさん。

そんな視線がクラスメイトたちから注がれる。




ああ、もう、本当に疲れる。


でも本当に疲れるのは、こんな二人に振り回されるのをどこか楽しんでいる自分自身にだ。






「…今度は、何やらかしてくれんだか。」


ああ、とても楽しみだ。







視線の先には、昨日撮影したらしい黄瀬の動画を、イヤホンで聴いて観ている黒子がいる。

イヤホンの片方を力一杯強制的に片耳に入れられた。





正直、帰りたい。






+++




愛が重かった。