「黒子っちはね、面倒くさがって、いつもメールのタイトルって変えないんスよ。」

「ああそう。」


「だから、いっつも黒子っちからの返信メールのタイトルは、「Re:」ってついてるんスよ。」

「それで?」


「だからね、オレはいつも、メールのタイトルに入れるんだ。」

「なんて?」




「愛していますって。」




件名に、

あいの告白を。






「…何でわざわざ。」

わけわからん、と火神が頬づえをついて目の前の黄瀬を見た。

なんでオレは今このバカと二人でマジバにいるんだろうなあ、なんて思っても、誰も回答しちゃくれない。

もー、と言う黄瀬を、ちょっと全力で殴りたい。


「だから言ったっしょ。黒子っちはメールのタイトル変えないんだってば。」

「…つまり?」

「黒子っちからの返信メールのタイトルにも「Re:愛しています」って表示されるの!」

黒子っちから告白メールが来るなんてオレって幸せ者!

なんてことを、きゃあきゃあとと黄瀬は騒いでいる。


「んなことで幸せになれるお前は本当に幸せだな。脳が。」

「え?火神っち羨ましいって?」

「お前の単純さが羨ましいさ。人生楽しそうだな。」

「そりゃあね、黒子っちが居るだけでオレの人生毎日が遊園地にいる気分だから!」

「いっそジェットコースターに乗ってそのまま落下してしまえ。」


セーフティバーが外れてしまえばいいと言わなかったのは、オレなりの優しさだ。






+++






「…で、お前が幸せなのは良く分かった。分かったから、なんでオレを呼びだした。」

「いや、この幸せというか名案を誰かに分かち合ってほしくて。」

「分かち合えねえよそんなワケ分かんねえこと!」

どうしようかなあ、このバカ。


そんなことを思っては、心の中で指を立てて選択肢を数えた。

そのいち、黒子に連絡。(連絡したところで差し上げますと言われるのがオチだ。超いらない。)

そのに、黄瀬の頭をぶん殴る。(さっきから黄瀬の顔見ては頬を赤らめる女どもに盛大に睨まれるだろう。)

そのさん、店から締め出す。(扉の向こうで大泣きされて、オレは絶対店内に居づらくなる。)

そのよん、いっそ放って帰る。(家までついてきて、黒子の話をエンドレスループに間違いない。)




「……で、続きは?」


そのご、大人しく話を聞く。(ああ、オレってばなんてお人よし。)





「とりあえずね、黒子っちってかわいいなあってことを言いたかったんスよ。」

「…帰っていいか?」

「だめ。」

「………帰らして。」

「だめ。」

いやホント帰らせて欲しい全力で。

別に黒子の可愛さだとか愛らしさだとかを否定する気はないが、別にわざわざ聞きたいことでもない。

いやまあ可愛いとは思うが。

目の前の黄色い物体に比べれば。





「でもねー、前に「僕は黄瀬君と結婚したいです」って件名に入れて黒子っちに送ったんス。」

「おお、そりゃまた思いきったな。」

「そうしたら、「僕は黄瀬君に死んでほしいです」って変えられてきたんスよ。」

「………そりゃまた、なんというか…。」

ドンマイ、しか黄瀬に言う言葉がない。

そうすれば、黄瀬は目に見えて落ち込んだ。



え、どうしよう。どうすんの。

自分で話したくせにその事柄についてヘコんでるこの物体は。

思い出したか。思い出したんだなその時の虚しさを。




「…なあ、黄瀬。」

「う?」

「お前、どうせ黒子専用のメールフォルダとか作ってあんだろ?」

「もちろんっスよ!高校、中学、仕事、その他、黒子っちで分けてあるっス!」

「おお復活早え。別にそんな詳細はどうでもいいが、そんなら黒子のメールのタイトルだけ見せてくんねえ?中身見ねえから。」

「火神っちってばやっぱり羨ましくなっちゃったんでしょ?良いっスよ、はい。」

思ったよりも簡単にひょいと携帯が差し出されて、受け取るのに少し躊躇さえしてしまう。

この男はこんなにも簡単に個人情報を晒すような真似をして良いのだろうか。

仮にもモデルのくせに。



「…いや、せめてフォルダ開いてから渡してくれねえと、他のとこ見ちまうかもしんねえから…。」

そう言って携帯を黄瀬の手の中に返せば、黄色の目がぱちりと大きくなった。


「別に良いのに。変なとこで律儀っスね。」

「うっせ。お前、オレがお前の情報悪用する気だったらどうすんだよ。」

「やだなあ。オレ、こんなでも人を見る目はしっかりしてるんスよ?」

あの業界に居たら、嫌でも鍛えられるしね。

下手な笑顔で、そんな言葉が付け加えられた。

はい、とフォルダを開いた状態で渡された携帯は、日付とタイトルと送信者のみが並んだ状態にされていた。




「それに、黒子っちが本当に信用してる人なら、オレも信じなきゃでしょ。」

だから、火神っちは本当にメールの中身も見ないと思ってるし、他のページも見ないと思ってる。


そんな風に付け加えられると、どこか気恥かしさがある。

本当にお前らは恥ずかしいことを平気で言う。






かこかことひたすらページを下ろしていく。

おお、本当に「Re」付きの恥ずかしい文章で溢れかえってる。

先ほどまで良いセリフ吐いていた人間とは結びつかないが、なるほど、黄瀬らしさ、変態っぽさが滲み出ている。



「火神っち、今何か失礼なこと考えてない?」

「ないないない!」

無駄な勘の良さに思い切り首を振る。

だめだ、この隠し方じゃ絶対バレた。



そんな気まずさを隠そうと、必死でキーを指で押していく。

目に映るのは驚くほどの黄瀬の気持ち悪さ、いや、健気さ。



そうして、通り過ぎた光景に、少しだけ違和感を覚えた。

あれ、と思い、上のキーを押して戻せば、うっかり噴きだしてしまいそうになった。




ああ、なんて素直じゃないオレの影。






「…黄瀬、わりィ、オレ用事思い出したもんで帰るわ。」

「え?もう?」

「で、オメーは、もう一遍全部見直すことをお勧めしとく。」

ほい、と黄瀬の手に携帯を戻すと、じゃあな、と手を振った。

腑に落ちない様子でそれでも手を振る黄瀬は、なんだかアンバランスで見ていておかしくなってしまった。








「勝手にやってろ、バカップル。」







「Re」に紛れていた、小さな違和感の正体。




「re:好きです」








あの1通だけ黒子が打ったものだったのか。

あの1通だけたまたま変換ミスをしたのか。

はたまた気づいてほしくてわざとやったのか。


それはオレが知る必要のないことだ。







(返信のRは、大文字なんだよ。)








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普段は舐めまわすように黒子のメールを読み返すのに、珍しく見落とした黄瀬さんの話。