君が本気で泣かないのなら、 君が本気で泣けないのなら、 僕は君の鼻っ先で、玉ねぎでも刻んであげましょうか。 誰の為って、決まっているんだ。 黄瀬君のことを妬んだ声が聞こえるのは、今に始まったことではない。 顔良し性格良し運動神経良し脳は多少問題アリ。 そしてそんな彼を、異性が放っておくわけがなくて。 それでもそんな彼を、同性が全員好いているわけもなくて。 つまり、聞いてしまうのだ。よく。 「黄瀬ってあれじゃん、たかが顔がいいだけだろ?」 ええそうですよ顔は無駄にいいんですよ。 「運動神経だって別に運動部だと思えば普通だし。」 そうですね。あの能力さえ除けば確かにそうかもしれませんね。 「いつだってあんなに女はべらせてなあ。」 本当にあれはどうにかならないものかと思うんですよ。 「頭だってそんな良くねえし。」 良くないんじゃありませんよはっきり言って悪いんですよ。 「つまりさあ、」 でも、 「大したヤローじゃねえってことだよなあ。」 「君らよりはよっぽど素敵なんですがそんなこともわからないなんて哀れな脳ですね。」 だばば、と紙コップに入っていた飲み物を教室のドア付近に座っていたリーダー格の男の頭にかけた。 無駄に明るい色に染まった髪に、ポタポタと飲み物が滴っていく。 黄瀬君と同じような、校則破り教師泣かせな明るい色。 それでも、あの人の髪の色の方が何倍も何十倍も比べられないくらいに綺麗だ。 茫然としている数人を足元に広がるココア。 ああもったいないことをした。 まだ半分も飲んでいなかったのに。 「あと、そこ、どいてもらえます?通行の邪魔なんですよ。」 「あ?」 見下したように言えば、負けじと男たちは立ちあがり、胸元を掴み上げられた。 身長差のせいで、己の足の先はギリギリ床につくかつかないかの位置で揺れている。 そんな光景を見て悲鳴を上げている女子の片隅では、青峰が腕を組んでロッカーに背を預けていた。 どうやら助ける気はないらしい。助けられる気もないから好都合と言えば好都合だ。 ぽつり、と一言呟けば、それが聞き取れなかったのか、またしても語尾を上げるイントネーションで、胸ぐらを掴んだままの男は言う。 ああ、バカの一つ覚えじゃあるまいし、同じような言葉を同じようにしか言えないのだろうか。 それにいい笑顔を返すと、一瞬でそれは仕舞い、代わりに自分の胸ぐらを掴み上げている手に自らの手を置いた。 「どけって、言ってんですよ。聞き取れないんなら病院行って来なさい。」 ギリ、と相手の手首を掴み返せば、呆気にとられたのか、その手は簡単に外れた。 茫然としていた女子生徒の脇で、青峰がケタケタと笑っている。 こんな状況で笑っているのなんて、君くらいですよ。 そんな光景に満足して、ああそうだ、と呟くと、廊下に向けていた足を、床にくずれ込んだ男たちにそっと向けた。 「あの人はバカだし頭は可哀想だし本当に顔しか取り柄がないんですよ。でもね、」 そこまで言うと、自分の首に青峰の腕が絡んだのが慣れた感覚でわかる。 いつの間にここまで来たのかなんて、知ったこっちゃない。 「あの人の悪口が言いたいのなら、バスケ部全員、敵に回す覚悟で言ってくださいね。」 その瞬間は戦争開始。 サアサ、誰から痛めつけて差し上げましょう。 それじゃ、とくるりと踵を返して廊下に出た黒子に一歩後れを取った青峰は、未だ座り込んだまま動けない男たちに視線を送った。 踵を踏みつぶした上履きが、床に投げ出された腕の真横の床を踏んだ。 「やっちまったなあ、お前ら。かわいそーに。」 あのテツがここまで人にキれることなんてあんまないぜ。 レアなもん見れて良かったなあ。 「…っ、テメ、」 「ああ、でもテツに仕返ししようもんなら、今度はオレが黙ってねえから。」 いや、やりたきゃやってみりゃいいよ。止めねえし。 ただお前らの顔に滴るのがココアじゃなくて血になるだけだけど。 カカカ、と人の悪い笑みを浮かべ、それだけ言い残して青峰は黒子の後を追った。 教室に残された残りのクラスメイト達は、黒子テツヤという人間の再認識をせざるを得なかった。 +++ 「……ねえ、青峰っち。」 「あー?」 「なんか、最近周りの人からの目が随分前と違うんスけど…。」 「……はっはっは。」 「ちょ、その反応は知ってるっスね!?何!?何かしたんスか!?」 ねえちょっと!と黄瀬が青峰に詰めよれば、その間に小さな手が差しこまれた。 腕を辿れば、その主は黒子だ。 「黒子っち!」 「あーテツ。」 「ちょっと黄瀬君、青峰君から離れてください。」 「じゃあ黒子っちにならくっついてもいいんスか!?」 「僕の視界に入らないでください屋上から飛び降りてくださいいっそ死んでください。」 「いつものことながら酷いっスね!」 でもそんな黒子っちも大好き!と懲りずに黄瀬はぐりぐりと黒子の頭に自らの頬を擦り寄せた。 それに黒子は、相も変わらず冷たい態度だ。 持っていた本の角を容赦なく黄瀬の額に突き刺している。 「…きせェー。」 「え?なんスか?」 青峰が呼べば、黒子に殴られ蔑まれながらも抱きついたまま、黄瀬は振り返った。 そんな黄瀬の腕の中では、黒子が黄瀬の首を無表情で絞めている。 普通の人間からすれば、非常に距離を取りたくなる光景だ。 しかし相手は青峰。それに全く動じない。 「…オマエ、愛されてんなあ…。」 「…えー?」 誰にスか、と黄瀬が口を開きかけた途端、黒子の手がそれを遮った。 要は、殴ったのだ。黄瀬の顔面を。拳で思い切り。 「…さ、もう昼休みが終わります。教室に戻りましょう。青峰君。」 「……おー…。」 黄瀬がノびてるぞ、とは言わずに、すたすたと歩き進める黒子を追う。 目の前を歩く黒子をちらりと見れば、口元にうっすらと笑みが浮かんでいるのが見えた。 どうにもオレの相棒は、素直じゃないらしい。 (愛されてるよ。お前らは。) (お互いが、お互いに。) (それから、オレに。) これは全部自分の為で、 君の為になんて、これっぽっちも思っていないんだ。 +++ ただ大切にしたいだけだよっていう話。