「ねえ、黒子っち。」

「…はい。」

「オレは、今、とっっても怒っています。理由は、分かるっスよね?」

「………はい。」


黒子の家では今現在、とてつもなく珍しい光景が繰り広げられている。

仁王立ちをする黄瀬の前で正座をする黒子。

普段の二人の力関係を知るものが見れば、2度見どころか思わず5度見くらいはしてしまうだろう光景だ。





本当は、本当はね、





ある休日。

黄瀬は黒子の家に足を向けていた。

黒子が学校も部活も休みだと知っていたからこその行動である。


どうも誠凛は、高校自体が連休の為か何なのか、連休中、全て部活も休みにしている。らしい。


「自主練するような休みの意味がわからないような人間はどうなっても知らないわよ」

というリコの言葉の元、全員が大人しく休みを取ることにしたという情報は火神から聞いた。

高校時代くらいしか自由な時間なんてないんだから、家族サービスしてきなさいよ、ということらしい。


そんなおいしい情報、知った瞬間黒子に会いに行きたかったものの、生憎海常の練習は連休中フルにあった。

おまけに部活が終わったあとには仕事が立て込んでいて、とてもじゃないが会いに行く時間なんてない。



それでもなんとか時間をやりくりして黒子の家に向かったのが、連休4日目の夕方。

そこでとんでもないものを見たのは、黒子の家に入って数分後。




+++




「黒子っちい、いないんスかー?」

黒子っちの大好きな涼太君っスよー勝手に上がっちゃうスよー、おじゃましますー。

などと勝手なことを言いつつ、黄瀬はもう勝手知ったる家とばかりに黒子の家に上がる。


逢いに行く前にさすがに連絡を入れようと思ったものの、携帯はおろか、家の電話も繋がらなかった。

不審に思いつつ家に来れば、外から見れば何ら不審なことはない。

しかしカギが開いていたために親が居るのかと思えば、そうではないらしい。


黒子の両親は、どうにもあちこちを旅行しまくっている両親の様で。

黒子としては半一人暮らしのその状態は気に入っているようだった。


それでも長期出掛ける時には、必ず黒子の携帯でも家の電話にでも頻繁に連絡が入る。

少しだけ困った顔をしながらも、嬉しそうだった黒子の顔。

そんなことを思い出しては、黄瀬は少しだけ笑った。


結局は黒子は、どこにいてもみんなから大切にされているのだ。




「くーろこっちーいー?」

とんとんと階段を上がりながら黒子の部屋に向かう。

先ほどから何度も呼びかけているものの、一向に返事は聞こえない。


もしかしたら昼寝でもしているのだろうか。

ふと思うと、それならば静かにした方がいいのかもしれないと思い直した。


こんこん、と軽く黒子の部屋のドアを叩く。

やはり聴こえない返事に、失礼します、と小さな声で呼びかけてドアノブを回した。



かちゃり、と控えめに開いたドアから顔を少しだけ覗かせると、思わず、え、と声が漏れた。

「………黒子っち…?」


本が散乱した黒子の部屋の真ん中に置かれている低めのテーブル。

その横にはぐったりと倒れている黒子の姿があった。




「く、くろこっち!黒子っち!」

が、と黄瀬が黒子の体を抱えて揺さぶると、かくんと黒子の首が傾いた。

あれ、と思って黒子の顔を覗きこめば、腕の中から聞こえたのは、規則正しい寝息。




「……ぇえ――…?」


困ったように呟くものの、とりあえずベッドに寝かせよう、と黒子の体持ち上げた。

寝た子は重い。

しかし、この年代の男子としては軽かった体重がさらに少なくなったような気がして、思わず顔が歪む。





黒子を寝かせ、ぐるりと部屋を見回せば、ここ数日間の黒子の行動が手に取るように分かる。

部屋中に散らばる本、ゴミ箱に適当に捨てられた栄養補助食品の箱、中身がカラのカップ。

几帳面な黒子にあるまじき部屋の散らかり具合に、ため息が絶えない。


…ああもうまったく、この人は!

つまり、とどのつまり、この部屋でずっと本を読んで、食事は補助食品のみ。

飲み物はカップに入ったものがなくなったら持ってくるのが面倒でそのままで。

挙句に睡眠は気を失うように眠るだけ。


普段頭の出来が悪いと言われ貶される脳だが、このことくらいは簡単に想像がつく。

そしてこの想像が9割方当たっているということも。





ふと視線を黒子に移せば、やっと柔らかいベッドで寝られたことが嬉しいのか、枕に顔を埋めて、表情を緩めて眠っている。

そんな顔を見てしまっては怒れない、と黄瀬は思うものの、いやいやいつもこれに絆されてしまうんだ、と思い直す。



恐らく明日の朝までは起きないであろう黒子の姿を見ると、黄瀬は自らの着替えを持ってくるべく、一度自宅へ帰った。




家主に無断ではあるが、気にせず泊まってしまおう。

もひとつおまけに添い寝させてもらおう。





+++




そしてやはり翌朝まで目覚めなかった黒子に、とてつもなくいい笑顔で黄瀬はあいさつをすると、問答無用で黒子を床に正座させた。

そうして冒頭の会話に至る。わけである。




「…黒子っちが本を好きなことは、オレはよぉおく知ってるっス。」

「…はい。」

「でもね、自分の食事睡眠その他諸々疎かにして読み耽るのはどうかと思うんスよ。」

「………。」

黒子は黙った。

昨夜の失態を思い出して過去の自分に叱咤しに行きたい気分だが、そんなことは許されない。

黄瀬はそんな黒子の心情を寸分違わずに読みとると、はあ、とため息をついた。



「…しかもね、黒子っち。昨日、玄関の鍵、掛けなかったでしょ?」

「………掛けてませんでした?」

「何一つとしてかかってなかったっスよ。変なのに入られたらどうするんスか。」

むしろ君の存在がその変なものに一番ふさわしいです、と黒子は思ったものの、さすがに言わなかった。

こういうときの黄瀬には何を言っても逆効果なことを、良く知っているからである。




「…ちなみに黒子っち、携帯も家の電話もつながらなかったんスけど。」

「え、携帯って…。」

呟いて、思い出したように本の山の中から携帯を探る。

こつりと右手に当たったそれを開けば、画面は真っ黒。充電切れだ。

ちなみに家の電話は受話器が外れていて、音が鳴らない状態にある。


てへ、と黒子が珍しくも可愛らしい擬音をつけて笑うと、それに黄瀬は営業スマイルで
返した。

「てへ、じゃない。てへ、じゃ。」

「………。」


一瞬で笑顔を仕舞って黙った黒子を見ると、黄瀬は盛大にため息を吐いてから、口を開いた。

「……部屋で倒れてる黒子っちを見たとき、オレ、本当に心臓止まるかと思ったんスよ?」

「………すみません。」

こればっかりは本当に申し訳なかったと思う。

そう思って素直に謝れば、ふわふわと髪を撫でられる。



「……もう、2度と、こんなことしないで欲しいっス。」

「………すみません。」

とても痛そうに笑って言う黄瀬に、黒子は、すみません、ともう一度謝る。

そして、そうだ、と呟くと、自分の目の前にいる黄瀬の体を引き剥がした。

べり、と効果音が付きそうなくらいに引っぺがされた黄瀬は、少しだけ泣きそうな表情をしている。



「黄瀬君、黄瀬君。」

「なんスか?」

「あのですね、僕、名案を思いつきました。」

「…名案?」

きょとりと黒子を見返した黄瀬に、黒子はゆっくりと立ち上がると腕を組んだ。

そうして、ええ、と言うと、人差し指を立てて黄瀬の目の前に突き出す。

うっかり眼球に突き刺されそうな気がして、黄瀬は無意識に体を引いた。





そうです、名案です。



「僕のことが心配なら、いっそ一緒に住んじゃえばいいんですよ。」


そうすれば君が、本に熱中しすぎる僕に、ストップをかけてくれるでしょう?






我ながらいいことを思いついたものです。

そうすれば黄瀬君がこの家にわざわざ来てくれる手間も減りますし。

ね、いい考えじゃないですか。


と上機嫌な黒子の視界に入らない位置では、黄瀬が自らの右手で顔を覆っていた。

その手の下は、言い表すことができないほどに赤い。






だって、ねえ、黒子っち。


そんな当然のように言われたら、期待してしまってもいいんですか?

君の未来に、オレの場所が用意されていると思っていいんですか?





「よし、決めました。決定事項です。」

「マジで!」

「マジです。」




(ああもう、そんな笑顔で言うなんて反則だ!)



からその言葉を、本当はオレがいたかったんだよ。 ただし、もうちょっとロマンティックな雰囲気でね!
+++ GWに書いた話なので連休仕様です。