「とー。」

やる気のなさげな黒子から発せられた声の後には、がごん、という鈍い音が響いた。






あぁ、何なんだ、こいつ。

火神は何度目かわからないため息を吐くと、額に手を当てた。
















「……黒子、分かった、もう分かったから、お前はもう座っててくれ頼むから。」

「なんでですか。僕も皆さんのお手伝いします。」



いやいやお前がやってることは手伝いじゃない。破壊だ。

調理室がいつの間にか戦場になってるんだ。


誰もがそうは思っても、ぷうと頬を膨らませる黒子に、誰がそんなことを言えただろうか。









料理はあいじょう!











バスケ部の合宿。

監督の厳しすぎるけれど的確な指導のもと、一日目が終わり、一年は炊事の準備の最中。

監督がやると言った言葉に、全員で「監督は疲れてるだろうからゆっくり休んでいてくれ」と説得したのだ。



そうして調理室が平和になるかと思いきや、火神は盛大にため息を吐きたくなった。

(いや、もう既に吐いているけれど!)




「…黒子、な、お前危なっかしいんだって。包丁持つなよ。」

「だってみんなにやってもらってばっかじゃ悪いじゃないですか。」

「いやいやいやいや…!」

むしろお前が包丁を握った瞬間にとんでもないが緊張感が調理室全体に広がるんだよ。

そんでもってさらに包丁を振り上げようものなら、全員の心臓止まるんじゃないかってくらいに緊迫感が漂うんだよ。

そんなことを思うものの、火神はやっぱり言えない。



ちなみにメニューは簡単にチャーハン。あとは適当な材料で何かオカズ。

黒子と火神はチャーハン、残りの一年生でオカズ類だ。


それでもまあ、切って炒めるだけの料理

失敗をするにしてもたかが知れているだろう料理。


それなのに。




「……はあ…。」

「何ため息はいてるんですか。」

包丁を持った(握りしめた)まま、黒子は火神に向き直った。


「……いや、なんでもない。うん。何でもないんだ。耐えろオレ。」

「わけわかんないですよ。」

そう言うと黒子はもう一度包丁を振りかざす。

やっぱり、がごん、というとんでもない音が鳴る。



ちなみにその音は、皮もむいていない野菜を真っ二つに切り落とした音だ。






なんでオレ、こいつと作業してるんだろう。

そんなことを火神がうっすらと思えば、数十分前のチームメイトの言葉が脳内によみがえる。

簡潔にその意見をまとめれば、「お前が一番黒子の扱いに長けている」という理由だ。



うわあ嬉しくねえ。

そんな言葉も大人しく飲み込んだ自分は、ひょっとしたらとても大人なのではないのかと思う。




あ、と火神は呟くと、黒子の方に向き直り、人差し指を立てた。

「いいか、黒子。」

「…はい?」

「料理は、愛情だ。」

「………はぁ。」

なに、この人、と不思議そうな眼で黒子に見られる。

正直、その視線は痛い。ものすごく痛い。



しかしそれすら振り払うように、つまり、と火神は続けた。

「お前は黄瀬が好きだろう?」

「…………。」

「……いや、まあ、好きだとして!」

「…はあ。」

話が進まないが故に火神は自分で決めつけると、黒子の表情の読み取りにくい顔が嫌な感じに歪んだ。

あ、オレすごい。こいつの表情わかるようになってる。

こんな状況で確認したくなかったことを火神は確認すると、だから、とやっぱり続けた。



「黄瀬に料理を作ってるつもりでやってみろ。」

「……え。」

「そうすればおのずと上手くなる、はずだ。うん。きっとそうに違いない。」

「なんで自分に言い聞かせてるんですか。」


いやだって料理は愛情って言うじゃんか。

不器用でもそれなりに愛情持ってやればおいしくできました的な話もあるじゃんか。

一生懸命やればきっとすこしでもまともで食べられそうなものができそうじゃんか。




そんなことを考えて火神が意識を別の方向に飛ばしていれば、黒子の、あ、という声が聴こえた。


「手ェ切ったか!?」

火神は慌てて顔をあげて黒子の手を覗きこむと、目を丸くした。

うん、黒子の手は切れていない。


切れているのは、






「…………まな板…。」

「………割っちゃいました。」

あれま、という雰囲気で自分が見事に真っ二つにしたまな板を見る黒子を見て、火神はなんとも言えないため息を吐いた。




哀れ、黄瀬。

このまな板はお前の身代わりだ。












火神がまな板から目をそらすように周りを見れば、他の一年生たちがおっかなびっくりな表情でこちらを見ていることに気がつく。

大丈夫だから作業続けろ、と火神が伝えれば、まるで今見た光景を脳内から抹消したがるかのように、青い顔で作業を開始した。






「僕、前に黄瀬君に料理作ったことありますよ。」

「……へえ。」

黒子の呟いたような声に、火神は嫌な予感しかいないながらも、一応返事を返した。

そうすれば、はい、と黒子は続けた。


「まあ、その後黄瀬君、一周間ほど謎の腹痛と頭痛と悪夢にうなされたそうですが。」

「…………へ、え…。」

ドンマイ黄瀬。

むしろそれを食べたお前を勇者だと讃えてやりたいよ。






そうして火神が、自分よりもかなり低い位置にある黒子の両肩を掴むと、よし、とうなだれるように頭を下げた。


「……黒子、ホントもう、頼むからお前座っててくれ。」

「ヤです。」




ああもうこの強情め!










結局は火神が黒子に、「ちょっと先輩たちに聞いてきてほしいことがあるんだ」、と(どうでもいい)用を頼んで、黒子が居なくなった一瞬でチャーハンを作り上げた。

その火神の手際の良さと黒子の扱いに、他の一年生たちは、おお、と声を上げた。
















「火神すげえ。」



そんな風に呟いたのは、調理室の扉の陰から様子を見ていた、日向と伊月。





「よくまあ黒子をああして扱えるわ。あいつ。」

「もうパートナー通り越してあいつが父親に見えるよ。」

ははは、と乾いた笑みを漏らしたまま、なんとなくその場から動けなかった。





そんな二人が、いつのまにか後ろに立っていた黒子に声を掛けられて悲鳴を上げるまで、あと数分。




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黒子の手料理を食す=自殺を懇願する