「火神君火神君、黄瀬君がいじめます。」 「ぃいいぃいじめてないっスよ!」 「それがいじめじゃなくて何だと言うんです。」 「愛!」 「お引き取りください。」 そんな会話がなされるのは誠凛高校体育館前。 黒子は火神の後ろに。 黄瀬はそんな火神の前に。 火神は黒子に盾にされていた。 頼むから毎度毎度オレを巻き込むな。 そんな火神の心の呟きを聞き取れたのは、おそらく誠凛高校バスケ部全員だ。 痴話喧嘩はどうぞ余所でお願いします。 「だって火神君聞いて下さいよ!」 「火神っち!黒子っちを捕まえて!」 「…え、え、…えー…。」 あれ、オレ、なんか可哀想じゃね? そんなことを考えながら斜め下を見れば、自分の腰にへばりついて黄瀬を威嚇するように睨む黒子が居る。 絞めつける力がすごい。 いやもうほんと内蔵出る。なんか出る。 「…ちょ、黒子、苦しい苦しい。」 「あ、すみません。」 黒子は少しだけ手を緩めるものの、未だ腰にくっついたままだ。離れる気はないらしい。 黄瀬の視線が痛い。 なんというか、こう、「オレの黒子っちに抱きつかれてせこいんスよ畜生ああもう黒子っち超可愛い愛してるホント可愛い」とか言っている目だ確実に。 目線を逸らしても向こうは目線を逸らしてはくれない。 オレにどうしろと。 「黒子っち!ほら、逃げてもいいスから、火神っちにくっつくなんて羨ましいことはやめなさい!」 「ヤです。普通に逃げたら君が有利なのは目に見えて分かってるじゃないですか。それにさらっと変態発言しないでください。」 「じゃあせめてくっつくならオレにの胸に!ほら、カモン!」 「黄瀬、発音わりィ。」 「仕方ないですよ火神君。能力すべて顔に行ってしまったような人ですから。」 火神と黒子は淡々と会話を進める。 黄瀬はもう色々と限界だ。 次第に泣きそうだ。 瞬きをしたらマズそうだ。 「……黒子、離れて、黄瀬んトコ行け。」 「ヤ。です。」 「………。」 黒子は一瞬だけ背中から顔を出すと、べ、と黄瀬に向けて舌を出した。 そして顔を背けると、やっぱり火神の後ろに隠れる。 「黒子っちぃいいい!」 「うるさいです黄瀬君部外者は校内立入禁止です。」 「部外者じゃないっス!オレは黒子っちの恋人っスから!」 「そういうのを一般世間では部外者と言うんですー!」 あ、恋人は否定しないんだ。 火神は現実逃避寸前の脳でそんなことをひっそり考えた。 ぎゃあぎゃあとどうでもいいことを口論する黄瀬と黒子に挟まれる。 なんかもうほんと勘弁してほしい。いたたまれない。 本来ならばオレの居場所は戦場ではなく、暖かい自分の部屋のはずなのに。 火神はそんなことを思うと、自分にへばりついていた黒子を、べり、とはがした。 片手で黒子の首根っこを持って、それを黄瀬に投げる。 「わ、ぷ。」 ぼふ、と黒子が黄瀬に抱きとめられれば、火神はやっと自由になった腰をとんとんと叩いた。 黄瀬はそんな火神に目もくれず、自分の腕の中に入ってきた黒子をぎゅうぎゅうと抱き締めている。 「離れてください黄瀬君!火神君酷いです!」 「酷いのはどっちだ。」 オレを巻き込むな、と言いかけた言葉は、自分の盛大なため息で遮断された。 ああ、なんて可哀想なオレ。 部員と監督の視線が痛い。 ぎゅうぎゅうと自分の体を抱き締める黄瀬に、離れてください邪魔です暑苦しいです鬱陶しいですウザいですいっそ死んでください、と一通り黄瀬を罵倒する言葉を黒子は並べた。 それを見ながら仕方なく口を開く。 聞きたいような聞きたくないようなことを聞くために。 「………で、お前らはなんでそんなケンカしてんの?」 これをケンカと称するのかは分からないが、黒子から発せられる見事なまでのいやな感じのオーラは多分そうだ。 それでも、それに黄瀬はぶんぶんと首を振って否定を示した。 「ケンカなんかしてないっスよ!」 「そうですね、黄瀬君が一方的に僕にいやがらせをしてくるだけであって。」 「そんなこともしてないっスよ!」 黒子っちいぃ、と黄瀬は今にも泣きそうだ。 「…いや、うん、じゃあ黒子はソイツに何されたんだ?」 「嫌がらせです。」 「うん、その内容をオレは聞いてんだけどな。」 「黄瀬君が悪いんです!」 ああ、もういいや。 火神は早々に会話を諦めた。 「黄瀬君邪魔です練習できないです。」 「だってもう終わったんスよね!?」 「僕は今から部活の延長戦という名目で火神君とマジバ行くんです。」 「オレ!?」 思わず叫んだオレに非はない。 それでも黒子に、ね、と念を押されると、そうすか、と適当に返すしかなかった。 「そういうわけで黄瀬君は帰ってください。笠松先輩に連絡しちゃいますよ。」 「なんでセンパイのケー番知ってるんスか!?」 「笠松先輩曰く、「黄瀬が何かやらかした時のライフライン」だそうです。」 「センパイィイイィイ!!」 がく、と黄瀬がうなだれると、しぶしぶと黒子から手を離した。 黒子っちィ、と呟きながら。 「さ、火神君行きましょ。」 「……いいのか、アレ。」 「いいんです。黄瀬君なんか知りません。」 ふい、とそっぽを向いて、黒子は火神の制服の袖を引っ張って歩き出した。 ああ、これでオレはまた黄瀬に恨みを一つ買うわけだ。 そんなことを火神はひっそりと考えて、やっぱりため息を吐いた。 +++ 「…で、お前らのケンカ原因はなんだったんだ。オレに聞く権利はあるだろ。」 「………。」 「…あーあ、何をぶすくれてんだか。」 ぷくく、と火神が笑って正面の黒子の髪を撫でれば、黒子は大人しくされるがままになってる。 そんな様子はまるで、ちいさな子供ようだと思う。 自分の感情を抑える点に関しては、黒子は確かな大人であった。 いつだっていつだって感情を押し殺す。 そんな黒子の姿に嫌でも見慣れてしまった火神としては、少し嬉しい気さえしてしまう。 そしていつだって、黒子をそんな風に子供返りさせられるのは、唯一人だけなのだ。 本人に言ったら余計に拗ねるから言わないけれど。 「……き、」 「き?」 「黄瀬、君、が、」 「黄瀬が?」 「…僕の写真を、持ってたんです。」 黒子がぼそぼそという言葉に、え、と火神は目を瞬かせた。 正直、恋人同士ならば、写真のひとつふたつ持っていて当然だと思うからだ。 「…火神君、今、それくらいでって、思ってるでしょう。」 「え、ああ、まあ…。」 「火神君も体験してみたらいいんですよ。恋人の鞄の中に自分の写った写真ばかりの分厚いアルバムが入っていた状況を!」 「あ、遠慮しとく。」 そりゃあもう黒子でなくとも引くであろう。 そして全力で拒否をするのだろう。 想像してうっかりトリハダがたったのはきっと気のせいなんかじゃない。 「おまけにカメラ目線なんて一つもないんですよ。」 「…え、それって、」 「そうですよ。もはや犯罪の域である盗撮と言うやつですよ。」 「……うーわー…。」 ああもう、と頭に手を当てた黒子の顔は心なしか青い。 愛されてんじゃん、なんて冗談でも口にできない空気だ。 「…青峰に相談してみりゃ、あいつなら黄瀬止められんじゃね?」 「……青峰君は、ちょっと、こう、過保護なんですよ。」 僕に対して。と付け加えた黒子に、そういやそうだなあ、と火神は思い返した。 過保護、という言葉がぴったりと当てはまってしまうくらいなのだ。 携帯で知らせた瞬間、青峰は高校からすっ飛んでくるのだろう。 そして何もされていないか何かされたか何をされたか黒子に吐かせるのだろう。 「………はあ。」 「…大変だな。」 盛大なため息にかける言葉が見当たらず、とりあえず無難なところで返しておく。 そうすれば、ええもう本当に、と呟くような声が聴こえた。 それでも、火神は知っていた。 それ故に、黒子に全身全霊で同情してやることが出来ないのだ。 以前、うっかり見てしまった事実。 黒子の待ち受けが、黄瀬の泣き顔であるということを。 「………似たモン同士だろ…。」 「何か言いました?」 「いや、何も。」 性格が正反対のように見えて、根本的な部分は実はかなり似ている。 そんな二人に振り回されている自分が、なんだかとても可哀想に思えた。 はあ。 +++ 週に1回は起こる事象。 被害者は大体かがみん。 大変な子です。苦労人です。 御苦労さまです。