「君は、僕のどこがいいんでしょうね。」

「んー、全部?」

聞けば、簡単にと云うのか、簡潔にと云うのか、適当にと云うのか、返事が返された。

にやにやしながらこちらを見ている男を全力で殴りたいと思うのは、人間として当然のことだと思う。



「黒子っちは、変なこと聞くねえ。」

「そうですか。ごく普通のことですよ。」

君のその使い勝手の悪いオツムに、僕がどのように認識されているのか気になりましてね。


そう言わなかったことを、僕なりの優しさだと思ってほしい。





例えるのならば、そう、





「君は、全て好ましいと言う。」

「うん。」

「それは、本当ですか?」

「オレが黒子っちに嘘ついてたことある?」

「その笑顔が一番胡散臭いんですけどね。」


モデルって顔が良いだけでなれるんですね。

君には本当に天職ですね。


世の中のモデルに失礼だとは思うが、生憎身近にいるモデルが目の前の男しかいないものだから、この認識は中々訂正されることはない。



「よく言うでしょ?」

「何が。」

「どこって言えるうちは、そんなに相手が好きではないんだって。」

「僕にはただ、理由が思いつかない言い訳にしか聞こえませんけどね。」


相手の部分、要所の好きなところではなく、全てに魅せられていると。

場所が思いつかないくらいに相手が好きになることが、本当の恋などだと、目の前の彼は言う。



「思い込みではないのですか。」

「え?」

「この人が好きなのだ、と、勝手に思い込んでしまう。」


それだから、理由を探す。

好きなのだと。愛しているのだと。

それに相応しい言葉たちを。

そしてそれを付けることすら煩わしく感じて、いい訳を考える。



(ああ、なんて幼くも激しい思い込み。)







「君は、僕の顔が好きですか?」

「顔も好きだよ。」

「では、僕の顔が焼け爛れたら、嫌いになりますか?」

「それでも好きだよ。」




「君は、僕の性格が好きですか?」

「性格も好きだよ。」

「では、僕が記憶喪失になって自分の人格を忘れたら、嫌いになりますか?」

「それでも好きだよ。」




「君は、僕の外見が好きですか?」

「外見も好きだよ。」

「では、僕の体が朽ちてバラバラになったら、嫌いになりますか?」

「それでも好きだよ。」





「…君は、」


「オレは、黒子っちが好きだよ。」





言おうとした言葉を遮られる。

好きだよ、と、もう一度彼が言った。




「黒子っちが、好き。」



本ばっかり読んでオレのことを放っておくところも、

練習をギリギリまで頑張りすぎて倒れてしまうところも、

授業中、勉強に飽きたらこっそりノートの隅に落書きしているところも、

料理が苦手で、何でも焦がして溶かして、それでも何故か自信たっぷりなところも、

制服も私服でも人前ではきっちり着るのに、オレと二人だと意外とラフにしているところも、

電話で話すことが苦手で、良く黙りこくってしまうところも、

意地っ張りで、何を言っても大丈夫ですしか言わないで、目に涙を溜めてこらえているところも、

オレが女の子たちに囲まれていても、厄介払いが出来てラッキーだと言わんばかりに放って帰ってしまうところも、

シェイクばっかりオレの話を聞かないで大量に飲むから、いつだってお腹を壊すところも、

火神っちや青峰っちばっかりに笑顔を振りまいて、オレには蔑んだ目しか向けないところも、


悩み過ぎて考え過ぎて、正直趣旨が良くわからない質問をすることも、





「ぜーんぶ、好きだよ。」




オレとしてはまだまだ言い足りないから、足りないなら、まだ言うけど。


どう?





笑って挑戦的に見てきた彼の目は、間違いなく雑誌には載せることが出来ないような顔で。






(なんて、楽しそうなことか。)








「…僕は、今の君なら、好きかも知れませんね。」

「オレも、そんな顔をしてオレを見る黒子っちが、一等好きかも知れない。」


今の自分がどのような顔をしているかはわからない。

だが恐らく、今の彼と似たような表情なのだろう。



「ドMですか。」

「何とでも。」



次第に舌舐めずりでもしそうな彼に近寄る。

彼は相も変わらず、人の悪い表情を浮かべていて。





(ああ、いつもへらへらしている彼よりも、よっぽど面白い!)





「何笑ってるんスか。」


「いえ。なんて性格の悪そうな顔なのだろう、と。」

「黒子っち、今オレのこと言える立場じゃないっスからね。」



くつくつと笑う彼は、やはり良い顔をしていて、






僕は、






「僕はうっかり、君に惚れてしまいそうですよ。」



ねえ、腹黒モデルさん。








言えば、彼は口の端から舌を出し、ぺろりと自らの唇を舐めあげた。










好きな理由なんかそんなもの、

後付けかもしれない。

思い込みかもしれない。

勘違いかもしれない。


それだけど、

それだから、






「もう逃がさないよ、黒子っち。」






そう言った彼の忽然とした表情を知っているのは、世界中でこの僕だけなのだ。






まるで幼子の戯言のよう。





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好意を伝える会話がえらく屈折しているふたりです。