「いいか、お前はとりあえず、少しでも多く、アイツに会ってやんな。」

言いながら、乾燥した指先をこちらに向けられる。

人を指差してはいけません、という教えは無視をして、火神は続けた。



「あの変態ストーカーのことだ。お前に会って、顔見て、声聞けば、十分お前の様子なんか把握できんだろ。」

まあ多少は引くレベルだろうがな。普通は。




「変態ストーカーだなんて、ひどいですねえ。」

「そう思わないか?」

「思うも何も、その言葉は彼の為にある言葉でしょう。」

「お前のほうがひどいじゃねえか。」

笑いを含んだ声で火神が返せば、その通りでしょう、と黒子も笑った。

控えめな笑い声は、それでも、火神の耳にしっかりと届いていた。



「お前がやりたいようにすんのが、一番ヤツは嬉しいんだろうよ。」



俯き加減で火神が言った風景が、少し光を帯びて、脳内で再生された。

その後に一口もらったパンは、とてもおいしかった。








「……黒子っち?」

「え?」

「いや、今意識がどっか行ってたっスよ。」

「ああ、ちょっと、考え事を。」

「ふうん。」

黄瀬は微妙な声で返事をすると、帰ろうか、と声をかけた。

人通りは少ないとはいえ、道路で話し続けているのもどうかと思ったからだ。



「…そうですね、帰りましょうか。」

黒子は小さな声で言葉を吐くと、右手の親指と人差し指を擦り合わせた。

カサついた指先は、先程思い出した彼の指とお揃いのようで、少し安心した。



「黄瀬君。」

「え?」


名前を読んで、そっと右手を差し出した。

何も言わずに、掌を上に向けて、まっすぐに。



黄瀬はそれに、ひとつふたつと瞬きをすると、口元を緩めた。

黄色の髪が揺れる。


「よし、張り切って帰ろう!」

「いや普通に帰りましょう。」



黒子の右手は、黄瀬の左手に。

黄瀬の左手は、黒子の右手に。

体温が混ざる。



「黒子っちの手は冷たいねえ。」

「心が温かいんですよ。」

「自分で言っちゃうのもどうかと思うけどね。」



軽口を叩いて、歩みを進める。

黒子がそっと握り返せば、何も言わずに、さらに強く握り返された。



「黄瀬君の手は温かいですね。」

「心も温かいからね?」

「……。」

「あ、今の黒子っちの視線でオレのか弱い心に穴が空きそうっス。」

寂しいなあ、とおどけて、黄瀬は空いている右手で自らの心臓の上を擦った。

それに黒子は何も言わず、ただ繋いだ手に爪を立てた。




「そういえばさっき、黒子っち何考えてたんスか?」

「ああ、大したことではないんですけど。」

「うん。」

斜め右上を見れば、丸い黄色に見つめられる。

その黄色が少しだけ歪んで見えたものだから、大丈夫、と心の中で小さく呟いた。


「ただ、火神君からもらったパンがおいしかったなあ、って。」

明日会った時、どこで買ったのか訊いておこうと思っていたんです。

沈みかけた太陽を見ながら言えば、先程と同じように、そっか、とだけ返された。





じんわりじんわりと移ってくる掌の体温。

自分の手が冷たいのか彼の手が冷たいのか。

はたまた彼の手が温かいのか自分の手が温かいのか。

そんなことすらも分からなくなってくる。



「……ふふ、」

「どしたの、黒子っち。」

「いいえ、何でもありませんよ。」




火神はたくさん会えばいいと言ってくれたけれど、それは単に、僕へのご褒美だ。

さも隣の彼の為のような言い方をしたけれど、あれはきっと、僕の為。

素直に甘える術すらも知らない、意地っ張りでひねくれ者な、僕の為。





「ね、黄瀬君。コンビニ寄りたいです。」

「あ、いいねえ。」



正統派のやり方も、少女漫画風も、ましてや君が喜びそうなのやり方も知らない。

だからとりあえず、自分の言葉で、思うがままに君に向けるの。






「あんまん、半分コしましょうよ。」







色気もへったくりもないけれど、今はこれが精一杯。








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satomi様からのリクエスト、「黄瀬に甘える黒子」でした。


少々どころかかなりリクエストから外れた内容になってしまいましたももも申し訳ありません…!

いくつか書いてみたのですが、一番しっくりきた気がしたこちらにさせて頂きました。

いつもとは違う方向で考えることが出来て、なんだかとても楽しかったです。



リクエストありがとうございました!


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