コンコン、とドアが叩かれた音がする。

言葉に成形出来なかった声で返事をすると、それを合図に、扉ががちゃりと開いた。



「黒子っち、雑炊作ったけど、食べられる?」

「……何でも食べられます。元気です。」

ごろりと寝転がって答えれば、黒子っちはまだ元気じゃないねえ、と笑いながら返された。




火神が帰った後、とりあえずとばかりに黄瀬に寝かしつけられた。

元々夕方を少し過ぎたくらいではあったが、夜になったら一回起こすから、と言われて。


元気な人は寝る必要はありません、と言えば、元気じゃない人は寝る必要があるからね、と布団を掛けられた。

そうすればまるで催眠術のように、吸い込まれるように、意識は遠のいて行ってしまったのだ。




「黒子っちっておかゆ嫌いっスよねえ。」

「おかゆが嫌いなんじゃないです雑炊が好きなんです。」

「はいはい。病気のためじゃなければいくらでも作ってあげるから。」

「もう元気です。」

「まだ元気じゃないからね。」

先程からしつこいくらいに交わされる確認のような会話。

こちらが元気だと言っても、黄瀬は基本信用してくれない。


その代わり、しばらくして体が軽く感じるくらいになると、元気になったね、と言ってくれる。

的確すぎて気持ちが悪いくらいだ。

本人に言ったら泣くから言わないが。



「……面倒臭いひとですね。」

「え?」

「何でもないです食べますください。」

「あと水分もたっぷり取ってね。食べて飲んでたくさん寝れば大丈夫。」

「君は母親に向いていますねえ。」

「褒め言葉として受け取っておきます。」

半ば諦めたように笑う黄瀬から、小さな器に移された雑炊を受け取る。

熱そうで、おいしそうだ。

悔しいから言ってやらないけれど。




「食べられる分だけで良いからね。」


言いながら、どこから持って来たのか分からない果物ナイフを、黄瀬はくるりと指で回した。

物騒だ、と思ったものの、とりあえず自分に刺さらなければいいので放っておいた。


「やっぱ、こういうときにはりんごでしょ。」

「正直なところ、床が汚れるので台所で剥いて欲しいですがね。」

「大丈夫。お盆持って来たから。」

「無駄な準備のよさとこだわり具合にはいっそ脱帽ものですね。」



言ってから、熱い雑炊を冷まして口に運ぶ。

自分の息と、食器の音がする。


そして隣には、器用な手つきでリンゴを剥いて行く黄瀬。

皿には、普通に剥かれたものとうさぎに剥かれたものがあった。



どうしてどちらかに統一しないのだろう。

そんなことを思って居れば、ねえ、と、澄んだ声が掛けられた。




「どうしてって、聞かないからね。」




かたり、と皿が揺れた音がして追加されたものは、うさぎだ。

するりとナイフを通っていく赤い皮は、澄んだ血液のように見える。



「でも、何回だって、こうやって来るよ。」



りんごの蜜が滴った盆の上にナイフを載せて、黄瀬はゆっくり言葉を紡ぐ。

返事を期待していないが故の、その言葉たち。



何も返さずに、皿に並んだりんごの内の、うさぎをひとつ抓む。

耳に模した皮ごと口に含んで、前歯で一気に齧る。

じゃり、と音がして、甘さが口の中に広がった。



「うさぎおいしいです。」

「りんごって言ってね生々しいからね。」


ざこざこと口の中で噛んで行けば、意図のわからない笑顔でこちらを見ている黄瀬と目が合った。

面倒なので、ふつうに剥かれたりんごを掴んで、黄瀬の口の中に押し込んだ。

もが、と声がしたけれど、指の上の重力が無くなったので、手を離した。




「黒子っち、いきなりはだめだ。」

「僕を見ていれば次の行動くらいわかるでしょうが。」

「ああうん、そうっスねえ。オレが甘かった。」


それでも口に押し込まれたりんごをそのまま咀嚼するあたり、食べ物を粗末にしない精神が見える。

そんなところは嫌いじゃない。




さこ、さこ、さこ。

いくつめかのうさぎが、口の中に消えて行く。




なんだか食べ過ぎた気がします、と言えば、多分すごく食べてる、と言われた。

わかっていたのなら途中で止めて欲しい。








「黒子っち。ご飯も食べたし、また寝ようか。」

「薬は?」

「出来たらあんまり飲まないで欲しいかな。」

「元気なのでお風呂に入りたいです。」

「元気になったら明日の朝に入ればいいっス。」


食べ終わった皿を片づけながら黄瀬が言う。

元気ではない根拠がどこにあるのか全くわからないが、彼の中では決定事項のようだ。

ああ、面倒くさい。



「はやく元気になろうね。」



顔の直ぐ下まで布団を引き上げられて、首のあたりをぽんぽんと叩かれる。

空気の隙間が消えて、心地良い。

眠くないと思っていてもすぐにうとうとしてしまうあたり、やはり布団はすごいのだと思う。



「君は、いつ帰りますか。」

「黒子っちが寝て、起きて、今よりも元気になったかなあって思ったら。」

「……明日も平日ですよ。」

「知ってる。」

知ってると言いながら、そんなことまるで頓着しないように黄瀬は視線を移動させた。

こちらは正直なところ、もう眠い。



「ねえ、黒子っち。」

「…はい?」

「どうしてって、聞かないからね。」


黄瀬は先程と同じ言葉を繰り返す。

そして同じように、先程の言葉を、付け加える。



「でも、何回だって、こうやって来るよ。」



朦朧としかけている意識の隅で、彼の声がする。

柔らかい音声は、まるで、貝殻から聴こえる海の音のようだ。



「無茶をするなとも、頑張りすぎるなとも、強がるなとも言わないよ。」



瞼が閉じてしまいそうな状態の僕の目を、彼の手がそっと覆った。

適度な暗さと重さを与えられたせいで、上下の睫毛はゆっくりと重なった。





「ただ、その時は、せめてひとりで居ないでね。」





呟かれたはずの声は、もう言葉として聞き取れなかったけれど。

それでも彼のことだから、きっと、架空の雲のような、水色で縁取られた言葉を落としてくれているのだろう。






目を閉じている筈なのに部屋の電球がやけに眩しい気がして、瞼に載せられたままの彼の手に、自らの手を重ねた。

ぬるま湯のような体温をしたその手は、一体何に似ているのか。











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雛様からのリクエスト「練習しすぎてうっかり倒れた黒子を看病する黄瀬(+火神も)」でした。

看病話というよりもそれに包んだもののお話になってしまいました申し訳ありません…!



双方の見解を書けて、とても楽しかったです。

素敵なリクエストありがとうございました!





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