例えば猫の耳。 ふわふわでもふもふで、ひくひく動くような。 例えば犬の尻尾。 ほわほわでふくふくで、ぴくぴく動くような。 そんなものを、想い人の体に付ける妄想をしたことがある人も多いのではないだろうか。 健全な男子高校生である黄瀬涼太としては、非常に身に覚えがありすぎる。 だが、まさか、こんなことになるなんて。 「…黄瀬君…。」 「…黒子っち…。」 柔らかそうな耳が、しっぽが、 まさか、まさか、 「なんっでオレにこんな異物生えてるんスかぁあああああ…!?」 「似合います似合います似合いますぶっふ…!」 まさか自分にオプションされる日が来るなんて! 人間としての生活に大差はないけれど、 人間としてのプライドに問題はあるよね! 「ちょ、な、何でこれェ!?」 「黄瀬君こっち向いてー。」 「止めてそれ言われるとクセで営業スマイル作っちゃうから!」 「…チッ。」 「舌打ちしない!」 頭部に突然現れた耳らしきものを指で引っ張る。 力の限り引っ張れば引っ張るほど、素直に痛い。 心なしか付け根のあたりからギチギチと音すら鳴っている気がする。 「…外れない…。」 「わーいしっぽー。」 「わーいじゃない!じゃれないの黒子っち!」 シャツの裾からひょんと出ている尻尾。 犬科か猫科で分けるのならば、確実に前者だろう。 「…えー、なにこれ。犬―?」 「キツネかもしれませんよ。というかキツネが良いです。」 「いやそれはどうなんスかね。キツネを間近で見たことないし。」 「……キツネがいいですねえ。」 「……ああ、うん、じゃあもうキツネで良いです。」 キツネさん、キツネさん、と動物にさんをつけてしっぽにじゃれる恋人は非常に可愛い。 思わず写真を撮って拡大して引き延ばして部屋に貼って寝る前に観賞会をしたいくらいには可愛い。 ただ問題があるというならば、恋人が嬉しそうにじゃれているそれが、何故か自分の体の付属品だと言う事実だけ。 「黄瀬君黄瀬君、写メとムービーとどちらが良いですか?」 「どっちも嫌っス。」 「なるほど両方ですね。」 「待って黒子っち会話のキャッチボールして。オレにボール返して。」 「今日から僕の待ち受けこれにしましょう。」 「黒子っちは本当にオレの話を聞かないねえ。」 「そんな僕は嫌いですか?」 「大好きですとも!」 じゃあ問題ないですね、と言って携帯をいじっている恋人をどうやって止めたらよいのかなんてわからない。 カシャシャシャシャ、と連続でシャッターが切られた音がしたが、大人しく座っていることしか出来なかった。 「少しくらいこの状況を不思議に思おうよ…。」 「こんな状況だからこそ楽しみましょうよ。」 「もう男前なんだから!」 言っている間、黒子の手の携帯からは特に音は鳴らない。 それでもカメラは自分の目の前から動かない。 …ああ、うん、今度はムービーで撮られてるんスね。 +++ 「さて、」 「…うん。」 「これからどうしますか。いっそそのままでもいいですが。」 「いやいや全く良くないスね。」 「僕は今の黄瀬君なら好きになれそうな気がします。」 「まって聞き捨てならない今までは好きじゃなかったの!?」 「すみませんつい本音が。」 「ちっともすみませんな表情してないけど!」 どうしよう。 自分の恋のライバルは、黒子の元光の青峰でもなく、現光の火神でもなく、誠凛高校のバスケ部員でもなく、元帝光中のキセキたちでもない。 まさかのケモ耳生やした自分だなんて、もうなんだか色々と泣きそうだ。 「黄瀬君、もう一枚、もう一枚。」 「…黒子っちさっきからもう一枚って言ってる…。」 「最後ですから、ね、ね。」 この人にとって最後は一体何度あるのだろう、そう思っても、目の前で連続で切られたシャッター音に、やっぱりため息を吐かざるを得ない。 「てかオレ、黒子っちのテンションがこんな高いの初めて見たんスけど…。」 「いつもこんなもんですよ。」 「少なくともオレに対しては絶対違う。」 いつもの蔑んだ眸はどこへ行ったのか。 きらっきらした眸を向けられる。 「黒子っちの笑顔がまぶしいっス。」 「君も黙っていれば良いんでしょうねえ。」 「それ黒子っちにだけは言われたくないスね。」 見た目と反してやたらと男前で色々と面白い目の前の人物。 自分はこの彼ほどのギャップを持つ人間を見たことがない。 しかしそんなことを考えているオレの体には本来あるべきはずではない耳としっぽ。 人間と言う言葉とのギャップは果てしなく高いのだろう。 「…あーあ、どうしよ。」 「この画像火神君にも送っておきましょう。」 「待ってオレがそういう趣味だと思われるから止めて!」 「大丈夫ですよ元々そういう趣味だと思われてますから。」 「知りたくなかった!知りたくなかったそんな情報!」 言っている間にも、彼は携帯を楽しそうにいじっていた。 本当に、ここまでご機嫌な彼を見るのは久しぶりな気がする。 →