ああ、もう、嫌だ。

黒子は目の前の光景を見て、盛大にため息を吐いた。





帝光中文化祭。

キセキと呼ばれる集団は、ぶらぶらと校内を模索していた。


それがそもそも間違いだった。

一人で大人しく回っていればよかった。

黒子は過去の自分を叱咤しに行きたい気分だ。


しかし残念なことに、タイムマシンは何処にもない。




騒げ!

笑え!

楽しめ!





「……なんっで、2m近い男共が揃って女装してるんですか…。」

青峰、緑間、黄瀬、紫原、そして黒子。

ちなみに赤司は高見の見物。いわゆる敵前逃亡。

桃井は女友達と回っている。



今、何をしていますか、と誰かに聞かれれば、黒子は真っ先に「恥をかいています」と言うのだろう。








「だってコレ、優勝したら学食無料券がたっぷりもらえるんスよ!」

「そうそう、学生に優しいこった。」

「まあそういうことなのだよ。」

「だって参加賞でもお菓子あったしねー。」

「簡単ですね。君ら。」

発言だけで何色が言ったかわかりそうな言い分だ。

キセキって、要は「奇跡的なバカが揃った集団」という略なんじゃないだろうか。

黒子はそんなことを頭の片隅で考えた。



「だって黒子っち、文化祭と女装はイコールで繋がるものっスよ?」

「何ですかそのわけのわからない方程式は。」

「文化祭、浮足立つ生徒、成り立つカップル、打ち上げでの冷やかし、照れくさそうに笑う初々しいカップル!」

「ちょっと誰かこの人捨ててきてください。」

「さあ黒子っちもオレとこのステップを踏もうじゃないっスか!」

さあ!と勢いよく差し出された黄瀬の左手は、青峰の右足によって蹴りあげられた。

本来体から発せられるはずのない音が鳴ったが、そんなことを気にする人間は生憎一人もいない。


「緑間ァ、ちょっと黄瀬捨ててこい。引き取り手はあちこちにあんだろ。」

「青峰無茶を言うな。こんな使い勝手の悪いやつ、引き取りたいところがあるもんか。」

「顔だけが取り柄なんだから、頭部だけなら引き取り手があんだろう。」

「オレたちが警察に引き取られるのだよ。」

「というか二人とも、当の本人を目の前にして良くそんな会話出来るっスね?」

もう、と腰に手を当てて膨れた黄瀬の隣では、黒子が盛大にため息を吐いていた。


そんな黒子に黄瀬は、そういえば、とことりと首を傾げた。

可愛い女の子がやれば可愛い仕草なのだろうが、2m近い男子がやっても別に可愛くはない。


「なんで今回は黒子っちも女装にノってきたんスか?いつもは絶対拒否るっスよね。」

「優勝したら図書券ももらえるんで。」



注目イベントの一つ、女装コンテスト。

参加者は学年部活身長体重問わずに募集される。

そのためか毎年毎年直視しがたい光景が繰り広げられ、しまいには吐き気を覚える生徒もいるほどだ。


そんな凄まじいイベントの優勝者には学食券に図書券、参加者には参加賞。

学校側にしては随分大盤振る舞いだと思うが、単なる費用の調整だろう。

多分、余ったのだ。

それか、この企画者がその賞品にノせられる人たちを狙ってのことかもしれない。

毎年参加者は極端に少ないか、お祭り騒ぎの好きな連中が集まって出ようぜということになって大量になるかのどちらかだからだ。


「なんだよテツも結局俺たちと同レベルじゃねえか。」

はは、と青峰が笑いながらがしがしと黒子の髪をかき混ぜた。

それに黒子は、やめてください、と頭を押さえた。


「あんまりやるとカツラずれます。」

「わりーわりー。」

まったく、と呟きながら、黒子は自身の頭の上に着けたものを直した。

肩のあたりまである、水色のセミロング。

よくまあこんな色が用意されていたと我ながら感心していまう。




「…………本当に、よくまあ君たちの色があったもんですよ…。」

感心、というよりも、呆れを含んだ声になったのは言うまでもない。

目の前の男たちの髪は、それはもう色鮮やかなロングヘアーになっているのだから。

ショートでもセミでもないのは、本人たち曰くロングの方が女らしいからだそうで。

その短絡的な思考に何とも言えない。



ちなみに衣装はこの学校の演劇部から色々なものを借りている。

黒子はアリス、黄瀬はおそらくシンデレラのドレス、緑間は和服、紫原はチャイナ、青峰はなぜかセーラー服。

青峰に至ってはおもちゃの機関銃まで持ってる。

その作品の演劇もしたのだろうか。




「…でも、まあ、みんなで参加しているのは4億歩ほど譲って良しにしましょう。」

「そりゃまたすごい譲ったな。」

「僕が聞きたいのは、どうして最終選考が僕らだけかってことなんですよ。」

わりと人数いましたよねえ、と、自分たちと同じように賞品につられて参加した人たちを思い浮かべる。

その中には、明らかに青峰よりはマジだろうという人物もいたのだ。


そんな黒子の発言に、緑間は当然だと言いたげに腕を組んで続けた。

「そんなのは決まっているのだよ。」

「え?」

「審査員が面白がってオレらだけ残したんだよー。」

キセキと呼ばれる人たちがこんな恰好しているだなんて面白いこと、他にはないからね。

紫原が緑間の言葉を次いで言った言葉に、黒子はやっぱりため息を吐いた。

その瞬間、青峰にぐい、と腕を引かれる。



「と言うわけで、行くぞ。」

「は?」

「あれ、黒子っち聞いてなかったんスか?」

「全員でこのまま文化祭を周り、誰がいいか生徒に見てもらうのだよ。」

「それで、最後は体育館に戻ってステージに上って、そこで投票してもらうの。」

テンポ良く全員で説明をする4人の言葉を聞くと、黒子は顔を歪めた。


「…この恰好で、校内を、回れと言うんですか…。」

「さ、黒子っち行こー!」

いやホント待って下さいよなんで皆さんそんなノリノリなんですか。

そう訴えた黒子の言葉では、周りの2mの男共を制止することは叶わなかった。






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