彼は、景色を隠す術を知っている。 絵本に出てくる空をクレヨンで塗りつぶすように。 海を色つきセロファンに透かして見るように。 眩しいものに目を細めるように。 ゆっくりと確実に、そっとシャッターを下ろす。 廻って 巡って 移ろう 「黒子っちィ!」 「あ、黄瀬君。」 適当に発せられた声は、大変不本意ながらも自分に向けられたもので。 ベッドで上半身を起こしていた彼は、オレの姿を見ると、反省の色をカケラも見せずに言った。 「倒れちゃいました。」 ぺろ、と可愛らしく舌を出しておどけた彼に、オレはもちろん何も言えなくて。 そしてそんなオレを、火神大我が可哀想なものを見る目で見ていた。 無言の視線はかなり痛いけれど、その視線に少しだけ息を吐いた。 「黄瀬君学校は?」 「学校も部活も終わらせて来ましたとも。」 「偉いじゃないですか。」 「そうでないとオレの顔面を殴ろうとする人が居るもんでね。」 「それは怖いですねえ。」 「そうだね。本人がしれっと言えちゃうのもオレにとっちゃ怖いけどね。」 はて誰のことでしょう、と黒子が自らの顎に手を当てれば、黄瀬はため息をつくことしか出来なかった。 いつだって部活中に黒子が倒れたと火神から連絡が入れば、その度に急いで駆け付けようとした。 それでもその度に、くだらないことで部活を休んだらどうなるかをオレに話した彼の形相を思い出し、自らにセーブをかけた。 (彼にとって自分自身が倒れるということは、決して重要なことではなく、くだらないことなのだそうから。) 「……黒子っちはもう、本当にねえ…。」 「何ですか言いたいことがあるならはっきり言いなさい。」 「黒子、黄瀬を脅すな。」 脅してなんかないですよ、と可愛らしくも頬を膨らませる彼は、相変わらず反省をしているフリすらしない。 せめてもう少ししおらしくする、とかはないのだろうか。 いやまあないだろうが。 「何だか今黄瀬君が失礼なことを考えている気がします。」 「かっ考えてないっスよ!」 「いや今お前すっげえ微妙な顔で黒子のこと見てたから。言い逃れ出来ねえから。」 「火神っちがオレを売る!」 「大丈夫ですよ例え1円だって君を買おうと思いませんから。」 「うわぁあひどい!」 いやむしろタダでもいやですねえ、と顎に指をかけながらしみじみと言われた。 それでもこの彼は、オレのおまけにバニラシェイクが付いてくる、と言われたら迷わず買う気がする。 その行動が彼らしいというのか、彼らしい故のその行動というのかは、よくわからないけれど。 「黄瀬君何を急に無言になってるんですか。妄想でもしてるんですかやめてください。」 「ちちち違うっスよ!」 「ああ気づかなくてすみませんついにボケが始まりましたか。」 「まだオレ十代!ついにって言わないで!」 訴えて叫ぶも、目の前の彼は一瞬前にすでに会話から離脱してしまったらしい。 返事どころか、視線すらも返ってこない。 そんなオレたちを見てか、横に並んで座って居た火神がいきなり立ち上がった。 適当な場所に置いてあったコートと鞄を掴んで、うん、と呟く。 「よし、オレ帰る。」 「え。何でっスか。」 「いや、何でっスか、じゃないだろ。お前がいりゃオレが居る必要性ないだろ。」 「むしろ火神君が居てくれれば黄瀬君の必要性がないんですが。」 「黒子ちょっと待て。黄瀬が本気で泣くからちょっと黙ろうな。」 な、と火神が制すれば、黒子は面倒くさそうに口を噤んだ。 モゴモゴと閉じた口を動かす黒子は、口の中に飴でも含んでいるように見えた。 そしてこれ見よがしに多くの息をため息として吐き出すと、面倒くさそうな目でこちらを見た。 「仕方がないので、黄瀬君で妥協してあげます。」 「アレ、黒子っち、恋人は妥協策?」 「生きていく上で妥協は必要だな。」 うんうん、と首を縦に振る火神は、いつの間にかコートを着込んでいた。 まあ一方でオレはと言うと、ものすごい至近距離でどんなことを言われようとも、基本めげません。 「じゃあな、黒子、黄瀬。」 「はい、迷惑かけてすみませんでした。ありがとうございます。」 ぺこ、と黒子が小さくお辞儀をすれば、火神は垂れた小さな頭をぽんぽんと叩いた。 遠慮すんな、と言ってから、小さく手を振って、そしてこちらを見た。 「一応食べられそうなものとか飲み物とかは買ってきてあっから。」 「さすが火神っち。」 「大体この家の冷蔵庫に入れさせてもらってある。」 「りょーかいっス。」 火神っちありがとー、と言えば、どーいたしましてー、と同じ音程で返された。 その様子がおかしくて、なんだか笑ってしまう。 「まあ、黒子っちの看病をしてくれたことと、他にもありがとう。」 「じゃ、黒子の看病をしていたことと、他にもどういたしまして。」 似たような言葉を使って返される。 連絡を受けてこの部屋の扉のドアを開けて、黒子っちの隣を見て、安心しました。 だからありがとう。 お大事にー、と伸ばされた火神の声は、ドアの閉まる音で、少しだけ聞き取れなかった。 → (1/2)