「あ、新しい人ですね。」


「すみません間違えました。」




ばたん、と部屋のドアを乱暴に締める。

そしてドアの前に掛かっている部屋番号と、手元にある鍵の部屋番号を確認する。

それは何度も見返す必要もなく、一致していた。







締めた扉の向こうには、半透明でふよふよ浮いてせんべい食っている少年が居ました。



(あのー、と扉の向こうから聴こえた声を、全力で幻聴だと思いたい。)





暑い夏の日に出会った彼は、






高校は、親元から離れた場所へ進学した。

それ故、必然的に一人暮らしをすることになった。



学校から近い上、交通の便も悪くない。

まあ部屋は広くはないが、一人で住むには逆に丁度良いくらい。


そんな物件が、わりと安価で見つかったのだ。

学生として見過ごすわけにいかない。




が、結論的に言えば、そのまま見過ごしてしまえばよかったのだろう。








「…あの、どちらさんスか。」

「ここの住人です。」

「……いや、あの、ここはオレの部屋なんスけど…。」

「でも僕の方が先住人でしたよ。」

何でもないことのようにケロリと言う少年は、やっぱりふよふよ浮いている。



先程、この部屋は結局オレの部屋に間違いないらしいことを再再再確認をして、部屋に入った。

そうすれば、浮いている少年は待っていましたとばかりに手をひらひらと振るものだから、こちらもつい振り返してしまった。

そんな本人ですら良くわからないやり取りを経て、オレは今、部屋の中をふよふよしている少年と、部屋の中に居る。





「………君は、幽霊か何か?」

一番初めにあった時から思っていたことを聞いてみる。

そうすれば、幽霊以外の何かに見えますか、と返された。


「……えー、うっそ。」

「うっそ、じゃないでしょう。本人がそう言っているんですから。」

「だって…。」

「だって、何ですか。」

怖くないじゃん、と言いかけたところで、なぜか無駄な気がしたので止めた。


代わりにため息をひとつ。




「……なるほど、この部屋が安かったのは、君がいたからね…。」

「え?」

「この部屋、わりと安かったんスよ。だから何かしら欠陥があるのかとは思ってたけど…、」

まさか、付属で幽霊が付いている物件だったとはねえ、と言えば、希少価値じゃないですか、と即答された。

どうやら超ポジティブ思考な幽霊らしい。

現代の若者は見習うべきだ。

人生が楽しくなるに違いない。



そんな現代社会について考えて現実逃避をして居れば、少年は、多分、と言って腕を組んだ。


「多分、他の人たちが僕を怖がったのは、僕を見えなかったからでしょうね。」

「え?」

先ほどの少年と同じように、今度はオレが聞き返した。

おかしな声になったのは気にしないで頂きたい。

だって、体が透けてこそいるものの、こんなにもはっきりと見えているのに。



「やっぱり、見えないみたいですよ、普通は。」

「……ふうん。」

「見えないのに、気配だけを感じる。それを怖がるひとは多かったですね。」

「でも、オレには見える。」

「…霊感でもあるんじゃないですか。」

言われても、身に覚えなどまるでない。

霊感があると言われたことも、心霊現象を経験したことも、ましてやこんな風に姿を見たことなんて、今が初めてだからだ。




「まあホラ、今日からルームメイトなんですから、仲良くしましょうよ。」

「ああ、うん、出て行くつもりはないわけだ。」

「当然。」

その言葉にため息を吐きつつも、差し出されたスケルトンな手を拒めなかったのは、多分、先程の少年のせい。





「何か、冷たい。」


「普通はね、その感覚すらないんですよ。」





オレには見える、と言った時、彼は少しだけ、頬を綻ばせたのだ。













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